column

こんにちは、矢野です。

正直、

今まで生きてきて初めて、

自分の力で真剣に
頑張ってるところです。

じゃあ今までは?
というと、

基本的に

ほどほど

という人生です。

友人関係でも家族関係でも

勉学でも仕事でも

なんでも

ほどほど

これまで頑張ってきたものがある
という方からすれば

「は?つまらない人生」
という感じだと思うのですが、

本当にその通りで😂

私は今まで自分の人生が

「楽しい!!!」

と思ったことはありませんでした。

それは、

自分がしたいと思ったことを
自分の力で
限界までやりきったこと
がないから

環境に漂い流され、

そこで何か爪痕残すわけでもなく、

自分の力は使わず

学校や同級生がいるという環境
会社や同僚の助けがあるという環境

一定のラインが通れば
進学でき、

最低ラインがあれば卒業も出来る。

入社試験も

世の中いくらでも勤め先はある。

19歳になる前に一度
仕事見つからず

家賃はもちろん食料も底つきて
(↑まじで)
死にかけたことがあるけど、

友人に頭を下げ食料助けてもらったり、
とにかく生きていくことにしがみつくため

がむしゃらに就活し、
職を得たことがある。

あの時が一番自分が
頑張った時期だと今でも思う。

だけど、あの時は

『自分のしたいこと』のために
頑張ったわけじゃなく、

生きるために必死だった。

だからそれを乗り越えたところで

幸せ、とか
嬉しい、とかはなく

ただただ“ 安心 ”だけ。

生きることだけに
しがみついただけです。

これまでの私の悪い癖
それは、

最低ライン、

または平均ラインを少し超えるくらいで
ほどほど頑張ること

それをしておけば

学校でも社会的でも

みんな“ほどほど”に見てくれる。

認めてくれる。

「頑張ってるね」って
言ってもらえる。

今思うとクソみたいだけど
本当のことです。

ここで私の中で問題に上がったのは

認めてくれてれば満足だったのか?

答えは NO です。

結局私が欲しかったのは
それじゃなかった。

私のテーマは

自信

なのだ。

『自分を信じる』と書いて“自信”だ。

私は子どもの頃から
“自信”が欲しかった。

それは他人に認めてもらうことで
一瞬感じたものを

これが“自信”かも!

と勘違いしていたことから
始まっている。

他人に認めてもらったことで感じたそれは

胸がじわっと温かくなるものだったので
これが“自信”と思ったのだけど、

それはただの“安心”でした。

“自信”がないことで不安な中
認めてもらうことで

他人からもらった“自信”

もちろんこれもひとつなのだけど、

自分で自分を心底信じていなければ
意味がない。

むしろ他人を使って
いつまでも“自信”をもらうことになる。

もう、このやり方
嫌になりました。

だから、今

自分で考え
自分で決め
自分で行動し
自分の力を全力出して
やりきること

ここを頑張ってみることにしたのです。

何のためか?

自分のために。

自分を喜ばせるためであり、
自分を私が安心させてあげる。

自分のことを私が励まし、
自分のことを私が応援し信じる。

「可愛い子には旅をさせよ」

今これを自分にしてるのです。

この言葉、子どもを信じてるから
できることだと思う。

現代の親は
自分の子どもを信じてないから

過剰な世話を焼くのだと

今ならわかる。

子どもは一番に
親に信じてもらいたいのにね。

というわけで、

私は今
自分のために頑張る決心をし動いています

ちなみに施術動画ですが、
頑張ってもハイテクの前では
相変わらずしどろもどろでして😂

もう少々お待ちください😅

セラピスト
矢野碧

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