column

こんにちは、矢野です。

今夜は新月ですね。

新月といえばリセット。

暦がひと回り終わり、
また新しい暦が始まる。

転換期とも言えますし
新しいスタートとも言えます。

新しいスタートを切るとして

さぁどちらに向かいましょう?

どの道にしますか?

今日のコラムにも書きましたが、

父が倒れた2回目。

改めて名古屋で活動していくぞ!!

と決心して進み始めたその時の
出来事。

ここで分かれ道が見えました。

・ここまでやってきたのだから、
このまま独立する道を進む!

という道と、

・こういう時にストップかけられるってことは、止めたほうがいいっていう天からのお告げなんだ。
お前に出来っこないって。

父親の残された時間を一緒に長く過ごすために留まらせたのかもしれない。
介護も含めて、一緒に居てあげた方がいいのかも。

という道。

父の具合を見た瞬間
この2つの道が見えました。

きっと一年前の私なら
迷わず後者を選んでいたと思う。

独立して進むことって
すべて自分の責任だと思うとやはり怖いし、

当時は全く自覚はなかったけど
失敗したら恥ずかしいという気持ちが
まだとても強くありましたから、

頑張らなくてもいい正当な理由
=聞こえのいい言い訳

を作り出すことで、

あえて前に進むことを選ばずにいく。

その選び方をすれば周りはきっと

「仕方ないよね」
「そのほうがいいよ」
「優しいね」
「親孝行だね」

と言ってもらえ、

挑戦しなかった自分を責められなくて済む。

そして自分自身をも責めなくていい。

よっぽどこちらのほうが“楽”だと思いました。

だけど、

そのからくりを今の私は知ってるので

「あぁ、これは試されてるわ」

とすぐに気づきました。

もう一度言いますが、
一年前の私なら絶対気付けていないし
後者へ逃げていた。

もう、やる!と決めていたし

何より後者を選ぶことが

誰のためにもならない

ということも知っています。

自分が父を言い訳にした選択をすることで

きっと私は

人を責め
自分を責めるでしょう。

父のためと言って
父を見下すでしょう。

挑戦を選ばなかったことでの
ジレンマや

現状に満足しない気持ちが

「あなたのためにこの選択してあげた結果これだよ。私はいつだって我慢してる」ってなじるでしょう。

きっと父は傷つくでしょう。

母も傷つくでしょう。

兄たちも傷つくでしょう。

その状況を生み出したのは
その道を選んだ自分だ。

逆に私が挑戦してみたいという望み通りに進む道を選んだ場合、

一緒に過ごす時間は多少減るけれど

娘が頑張る姿を見ることができるし、

私も自分で稼ぐことができれば
父にまた違う喜びを贈ることができる。

お金が一番大事ではないけれど

多少あるだけで
周りは穏やかになるものだと

裕福ではなかったからこそ
実感しています。

お金がありすぎることも争いが起きますが、

無いこともやはり
心が荒みます。

相手を恨み、なじります。

私はこの道をもう知っています。

正直、人のせいにできるので
気は楽です。

でも、

もう絶対に進みたくない。

覚悟を問われ、

改めて進む道を

自分で決めた瞬間でした。

大切な人に何かが起きても
まずは現実にうろたえない。

うろたえはするけど、

引っ張られすぎない。

今、何を試されてるのか。

今、何を気付くことがあるのか。

その日、
昏倒気味で本当に危険だと思った父でしたが

翌日の同時刻には

自分で掃除機かけてましたよ😂

まじかよ😂って。

目に見えるものに囚われすぎない。

セラピスト
矢野 碧

現在受付中です♪