column

こんにちは、矢野です。

“みる”という言葉には

見る・観る・視る・診る・看る

といようにスマホ変換でも5つあります。

その内最初の2つが一般的に多く使われる内容だと思います。

見る と 観る

この“みる”
じつは大きく意味が違っていて、

まさに“似て非なるもの”

そしてこの“見る”と“観る”ですが、

仕事が出来る人というのは
普段から“観る”が多く、

仕事の出来ない人は
ほぼ常に“見る”です。

簡単に言えば

“観る”は
物事を注意深く観察し、情報を得ようとする行動

に対して

“見る”は
視界に入ったものを脊髄反射のようにぼんやり目で追っているもの

という違いがあります。

私は圧倒的に後者でした。今もよくあります。

そして、そういった方はじつはとても多く

テレビ、ネットなど情報社会の現代ではいつでも視覚情報を目にする機会が増えたことで、ある意味で“観る”をしすぎないように“見る”の癖がついてるようにも感じました。

そうやって調整でもしないと、
きっと爆発すると思います。

ようは鬱とかの強制停止です。

エネルギーの使い過ぎ、処理能力のオーバーヒート。

鬱の人はそういった状態だからこそ、休む必要があるのです。オーバーヒートなのですから、無理矢理エンジンかけたところであとは壊れるだけです。

では、
仕事が出来る人はどうしてるかというと

自分で意識的に調整=メリハリをつけている

ずっと“観る”をしていられないからこそ、

観るときは観る

観ないときは“見る”くらいで、というように意識的に分けて行っているなと思いました。

次回例えを作ってみます。

試しにどう違うのかイメージしてみてください😄

セルフセラピスト

矢野 碧