column

こんにちは、矢野です。

▼前回の続きです

夏至の前は

自信の無さやネガティブな感情が出やすく、

テーマは

【手放す】ことなのだそうです。

そんなタイミングで香織さんに勧められた動画の中から現れた私の“ シャドウ ”

『シャドウってなに??』

と思われる方は先にこちらのコラムを読んで頂きたいです。私と両親との関係から現れた“シャドウ”の話です。

とはいえやっぱり“シャドウ”ってやっぱりよくわからないと思うんですよね。ひたすらスピリチュアルっぽいというか。

私もブログやネットでは見かけていましたが、一通り読んで
「ふーん、なるほどねぇ」
と言いながらわかったようにしていました。

が、

自分の身近な存在で実感することになると、もう見る聞くだけでわかる話ではなかったと痛感しました。

“シャドウ”についても
マジでわかったフリしてましたから。

私は末っ子だったこともあり、
兄たちと同等に見られたくて
昔から知ったかぶりをする癖が身に付いてます。

というか
クソほどに染み込んでいます。

だからこうやって
自分で経験すること=体感することを
いかに今までソレをやって来ず

ただの薄い30代女になっていたか。

私にとって
意識的に積み重ねた唯一のことは
ボディセラピストという技術職を
14年続けてきたこと。

これは本当に続けて来てよかったと思ってます。じゃなければ今のこの状況にはなっていませんから。

さて本題の芸人“三又さん”に見た
私のシャドウさん。

※まずは三又さんを批判したり、侮辱する意思のない内容だということをお伝えします。
あくまで私個人の問題として照らし合わせただけの内容です。

もう上のまんまなのですけど

最初に彼が登場した時にさっそく

「なにこのおっさん、
なんかめっちゃえらそうやな」

と思ったことから。

そこから

宮迫さんの年上であり、芸歴も1年上ということで宮迫さんは常に「三又さん」とさん付けしてました。

だけど会話の内容から宮迫さんに三又さんは何度か(何度も)助けてもらっていてお世話になってる、ということがなんとなくわかりました。

あまり仕事としてはうまくいっていなく、53歳誕生日ということで後輩にチャンネル呼んでもらってるというふうに私は感じました。

だけど

そんなお世話になって
助けてもらってるのに

【なんかえらそう】

年上だからと立ててくれてる後輩たちに

ふんぞり返ってるような
それが当たり前でしょな印象を感じました。

そこから一挙手一投足見入ってました。
無意識です。

シャドウだから!とわかってたからその時見入っていたわけではなくて、

ただただ気になってガン見してました。

それぞれいろんなことを感じながら。


・考えが甘いところ
・自分かわいそうと思ってるところ
・目先のことばかり食いつくところ
・現実見えてないところ
・なんとかしてもらえると思ってる
・年上=えらいと思ってる
・人は使うモノ利用するモノと思ってそう
・感謝がない
・やってもらって当たり前
・しつこそう
・恩ではなく目先の得ばかり見てる
・調子だけいい
・安っぽい
・人間として薄っぺらい
・わざとらしい
・危機感がない
・自分の利益だけ見てる
・怒られる自分かわいそう
・人に頼ることばかり当てにしてる
・手間=無駄=面倒だとおもってる
・人には好かれたい
・自分は特別だと思ってる


こうやって、

自分が引っかかった人が居たら

ガッサ―――っと書き出すんです。

思ったことや気になったこと。

で、そのまま自分がそうなのかという単純な話ではないところが大事です

実際には答えという答えにはなりません。

だけど、

動画を勧められた理由は
『この動画の宮迫さんが
“ものごとを始めるときの意識”について
とてもいいこと言ってたから観てみて😄』

だったので自分の頭は宮迫さんの言葉に集中したいんですよ。

でも、

三又さんにガン見なんですよね。

それって、私の脳=顕在意識ではなくて

無意識=潜在意識のほうが気にしてる

・・・

というか、
気になりまくってますよね😂

そういうつもりないのに
身体がそっちに行っちゃうみたいな。

脳は宮迫さんに意識向けてるのに、

目と耳と感情は
ずっと三又さんに食いついてる。

そういうふうに
どうにもこうにも気になる=感情が察知するものには

自分の中にあるモノ
あるいは
自分の中にあったけど誤魔化して消したモノ

だったりします。


今回の場合、

私は今年37歳になります。

同じ年あるいは近い年の方は共感する部分があるのではないかと思いますが、

自分の年齢の焦りと
…もっとこうあるはずだった
…なんで今の自分こんな?
…現実現状つら

って感じたことありませんか?

そう思って

…そんなはずない!
…気にするな!
…それはそれ、私は私
…今の私も素敵だわ!

というように無理やりポジティブにして打ち消したモノないですか?

これをポジティブ信仰って言ったりするみたいですね。ポジティブに考えればすべてうまく行くっていうあれです。

でも、

その誤魔化した
自分が嫌悪した
自分で受け入れなかったソレらは

やっぱり自分の中から湧き出た気持ちなんです。

例えば身体の中で出来た老廃物を無かったものにできるかというと、できませんよね?

誤魔化してみても“むくみ”や“こり”または膀胱炎とかなにか身体に症状として現れます。

感情も同じで、自分の中から湧き出たもの。

それ誤魔化して無かったことにしたもんだから

自分以外の人に投影させる。

なぜか?


感情にも気持ちがあるからです。

感情だって、この世に生まれたもの。

存在に気付いてほしいと思ってて
気付いてもらえるようにアピールします。

「あなたは生まれていない存在です。消えてください」

そう言われたら、きついし悲しいですよね。

だから

それらも存在を消されたくなくてアピールします。

その存在の一部が
今回の私にとっては
三又さんでした。

自分の中に湧き出た不安やネガティブな部分を
誤魔化して受け入れなかったために

形を変えてアピールしてきました。

じゃあ

それが“シャドウ”だと認めたと

ちょっと長くなってきたので次回にお話します。

セルフセラピスト
矢野 碧