column

こんにちは、矢野です。

表現アートワークの1回目が終わり、帰りしな>香織さん

「質問あるようでしたらLINEください😌」

と言って頂き、
その一ヶ月後に

じつは私は仕事の出来ない奴”

ということが表沙汰になりました。
“じつは”という意味はもちろん自分で認めていなかった部分だからです。

そのきっかけとなったのは

質問は“答え”を尋ねるもの
だと思っていたことです

自分と向き合うために毎日
《書く瞑想》を行っていました。

すると

様々な出来事や、出会う人それぞれに感覚が敏感になってきて苦しくなってきたのです。

でも、なぜそうなったかというと

ここすごく大事なことなのですが

まだ向き合い始めてまもない状態で

物事がどういうしくみなのか

どういうことなのかを

深く向き合えるほどの経験がないわけです。

ましてや

自分のことこれまで全然観てきていない

そもそも
『自分がわからなくなった』から
表現アートを受けてるわけなので

“感じ取る”ことにものすごく鈍い状態。

その反対に

現状は

頭で考えて、今までの知識や情報だけで
物事を判断し都合のいいように
決めつける癖がとても強い状態なのです。

そんな状態だということも私はまだ認められていなかったので、

目の前に起こることすべてに

自分の浅い頭ですぐ見つけた“答え”というラベルを、次々とそれらに貼り付けてしまっていました。

・あの時あの人にこう言われたから●●ということだ!!

・あの時とてもイライラしたけど、きっとこれも●●ってことだ!!

・またこういうタイプの人が現れたっていうことは、●●ってことだ!!

次から次と

深く探ろうともせず、

目の前の見えるところだけを拾い、

これまで見聞きしてきた情報や知識、自分の経験だけで判断し決めつける。

自分の頭の中で全部“答え”を見つけられていたのなら、そもそも苦しんでいないでしょう。

頭の中にあるのは、

ちょっと体験した経験
どこかの情報
どこかの誰かが言っていた言葉だけ。

乗った電車がたまたま遅延したとして、今後も必ず全部遅延するかというと違いますよね?

「電車は必ず遅延するもの!」という情報や話を聞いて、“電車は必ず遅延するものなんだ!”と決めつけたりもしないですよね?

今 目の前で起きている物事に

自分の頭の中の情報だけで決めつけるのはナンセンスなのです。

というか

ものすごく危険です。

事実無根な人のことを「あの人は詐欺師だよ」と根も葉もないこと聞かされ、「そうかも!」なんて決めつけそういう目で見る。

その人はとても傷つくことでしょう。

現代によくある“叩き”と一緒ですね。

簡単に決めつけるということはこういうこと。とても危険なことなのです。


浅い頭の中で次々と決めつけ、勝手に不安になっていた私は香織さんにLINEをしました。

内容は

・私にその人への●●があるからなんでしょうか?
・やっぱり●●だから■■されたんでしょうか?
・周りに感じる感情が●●だって思うととても怖くなってきました。
・そういうこともっと深く感じると開けるんでしょうか?

どう思いますか?

どう感じましたか?

このLINEに対しては

改めてワーク2回目の時に
直接伝えられました。

あのさ、

質問内容が低レベルすぎて返事する気にもなれなかったわ🤢

一番に、

自分でもっと考えたり深く探ろうともせず、私に“答えだけ”を求めてるの透けてみえる!!

これまでもすぐ人に“答え”聞いて教えてもらってばっかりだったんでしょ?

怠慢だよ、それ。

自分で考えようともせず
人に答えてもらおうってさ。

だから成長できてないんだよ。
 
で、

今まで深く物事見てきていないんだから

そもそも簡単に決めつけるなって!

“答え”なんて簡単に見つかるものじゃないし
“正解”なんてないんだから!
仕事の出来ない奴ってそういう感じ。

質問の質が超低い

浅い!!!!!

正直これも無自覚でしたが
(自分に無頓着だったからとにかく無自覚だらけ)

確かに子どもの頃からずーーーっと

あれ何?これ何?なんで?どうして?と母に質問攻めしまくっていたら

『自分で調べなさい🤬』

と言われた。今思えばすごく真っ当だ。

なのに、自分ではめんどくさがって結局調べなかったこともたくさんあった気がする。

しばらくすると携帯電話を持つようになり、

携帯でiモードという名のネットが使えるようになってからは、なんでも携帯で調べるようになった。

今もそう。

スマホやPCを使ってなんでも“答え”を調べられてしまう。

自分の頭で考えたり、予想したり、逆説考えたり、新しい発想したりなどの工夫はほとんどして来ていませんでした。

ただ、調べて終わり。

ただ“答え”を聞いてスッキリして終わり。

だから

自分の糧にもなっていないし、

そりゃ成長も成熟も深みがない。

そして
人間的にも深みが無いのです。

簡単に“答え”を外へ求めていたけど、

もっと自分で考えるものなのだと教わりました。

そこから

自分との向き合いが始まるようなもの。

自分で考えようとしない
“答え”だけをすぐ求める人は

ここ本当に大事ですよ。

セルフセラピスト
矢野碧