column

こんにちは、矢野です。

私は“諦め癖”があります。

『仕方ないよね』
『めんどくさいな』
『やってもしょうがないし』

そんな“やらなくていいよって言葉”を自ら選んでは自分に投げかけ、諦めてきたことがこれまでたくさんあります。

今だってあります。

でも、




ずっと澱のように私の意識の中で残り続けるのです。

もちろん全部ではありません。

本当に
“やらなくてもいいな”
“やりたくないな”
と思うことはケジメがついてます。

だけれど、道半ばで“言い訳つけて手放した諦め”はずっと心や頭の中、私の中で澱となり残っているのです。

それって、自分でわかるんですよね。

何かべつのことしてる何気ない時などに、ふと

『あ』

と、今現在の私に存在感を光らせ主張してくる瞬間があります。



『ずっとここに居るんだけど?』

というふうに。

未消化のまま放置されている感じです。

『仕方ないよね』
『めんどくさいな』
『やってもしょうがないし』

この“やらなくていいよって言葉”という言葉は、消化にはなっていないんです。

この言葉には自分の気持ちがないのですから。

したいか?

したくないか?

これは私の気持ちであり、

“やらなくてもいいよ”は
何かどこかの判断基準を含めた許可です。

私の判断でも気持ちでも本心でもない。

したくないなら、それでいい。

でも

したいんでしょ????

言われなくても、自分が一番わかってますよね。

ずっと気になってることを

心残り

というのです。

自分の気持ちを優先せず、誤魔化して、無いモノにする。
でも

感じた心は実際に存在したモノだから

澱となって残っている。

今までできなかったから

今もできていないから

このさきも・・・

ではないことは自分でわかっていますよね。

本当は全部、自分でわかってるんですよ。

あとは、自分が

本当はどうしたいか?

ここだけに集中して

優先してあげるだけだ。

セルフセラピスト
矢野 碧