column

今までSNSくらいなら気ままにやっていましたが、毎日続けるブログというのは昨年の9月から始めました。




きっかけは



このサイトの元の主だった同い年の香織さんに、

その年でそのコミュニケーションやばくない!?

と言われたことが事の発端。



全く自覚はなかったけど、、、心当たりはあったのでしょう

言われた直後、矢が射抜かれたように一瞬呼吸が止まりそのまま大号泣したのを昨日のように覚えています。



確かに振り返ってみると、私の話し方は一方的で会話とは言えないものでした。

まるで子どもが一日の出来事を母親に話すような感じです。



バーッと勢いで言いたいことだけ話す。あったことを忘れない内にただ吐き出すだけのように。

人は似たような人や、自分にとって楽な人を周りに集める傾向があります。私はまさにそのタイプで実際に私の周りには同じようなコミュニケーションの人が多かったです。

一人で出掛けたり旅行したりという冒険や行動はするのですが、

人間関係の背伸びや冒険はほぼしてきませんでした

そういったところもコミュニケーションが成長しなかった要因でもあると思います。



背伸びをしなかったことで、自分がどんなコミュニケーションを取っているのか他人を通じて知ることなく30代半ばまで来てしまい、



そんな知らぬままからの不意の撃沈です。




大号泣した自分の動揺をみて、

『ここが最後の変わり時なのかもしれない』

そう思わずにいられませんでした。


じゃあ、まずはどうするか?

自分の気持ちを自分の言葉で相手に伝える訓練

ということでブログを勧めてもらったのです。

でも習慣にもなっていない上に、とにかく“”と“”を選んできた人生でしたので

何度も途中でやめていたり、

毎日書かなかったり、

ただのメンヘラ排泄文になっていたりと

なんだかんだ紆余曲折していました🤣

(現在進行形でありますが🤣)



最初は体裁のいい言葉や文を選んで格好つけた文章が多かったです。

正直その時そう指摘されても自覚がないので『え!?そうなの!?まじか!』と逆に驚いてました。

これは単純に

他人の評価を気にしてる行動

そうしてるつもりがないのにそうなのですから、長年の癖って凄いですよ。。。

でもやっていく中で、

少しずつですが自分の言葉で書くという意味がわかってきたように思います。



本当に言いたかったことや言葉が、思いの外奥の方にあったこと

それを表に引き上げるには自分と向き合わないと出来ないということ

引き上げた言葉をブログ上に表現していくといろんなことが繋がる瞬間もありました。



私自身、香織さんのブログに幾度も救われ助けられ、そしてサロンへ伺おうと決め今があります。

同じように誰かのためになるのかも

誰かの今必要なことを伝えられるのかも

そういった思いも今は込めています。



苦しいとき、辛いとき、しんどいとき、

ひとりで乗り越えなくてもいいんですよ。

乗り越えるのは自分だけど

乗り越えるきっかけになる言葉とか存在とかには全然頼ってもいいんだと私は思いました。




行動するのは自分。

乗り越えたのなら自分を褒めてあげればいいだけ。

いつもあれもこれも自分には足りないと思ってきたけど、全部揃ってるですよ。

ただまだ見つけてないし、受け止めてないし、使っていいとか自分には使えないとか思ってるだけ。

全部揃ってる。



ブログを書いていると

いろんな言葉や思いが浮かび上がってくる


その様子を見ると

ますます答えも可能性も素材も才能も全部自分の中にもうあるものなのだと感じています。

セルフセラピスト

矢野 碧