column

こんにちは、矢野です😊

あなたには
コンプレックスだと思うことありますか?

「コンプレックスは味方にしましょう!」

というような表面的で
無理矢理なポジティブ信仰を唱えるつもりはありません😂

今回お伝えしたいのは

自分のコンプレックスを
自分自身で認めていないと

年取ったときにこじれるよ
🤐

という私の教訓をシェアしたいと思います。

もう本当のことなので
思い切って暴露してしまいますが笑

わたし・・・

ファッションセンスが
致命的レベルで低いです。

😂😂😂😂😂😂😂

ようは、ダサイです。

小学生の頃からすでにという感じで

当時の写真を見返してみても
「ああぁあぁぁ」と
絶望するくらいにダサイです😂

最近よく通るようになったビルがあります。

そのビルは中学生の時に
伊勢から電車乗って買い物に来たのですが
大失敗した苦い記憶があるので
通るたびにちょっとつらい😂

で、この失敗したときに
しっかり受け止めていればよかったのですが、

あるいはここでじゃなくても、

気付いたその時に
がっつりしっかりどっぷり
受け止めていればこじれることはなかったのかと思います。

37歳になってココと向き合うのは
けっこうしんどいものです。

明らかに失敗したとわかっていたけど、

「きっと合わせられる方法がある!」
と変な前向きに進み、

「きっとお店選びが間違えてたんだ」
と店選びのせい、服のせいにして、

根底になる
『自分のセンスの低さ』に焦点を当てられていませんでした。

。。

というか、認められなかった。

『わたしはセンスが無い!!』

そう確信し、
今の私はそうなんだ!と受け入れていれば

例えば

雑誌を手あたり次第見て勉強したり、
ファッションという名のあれこれを探してみたり、

試着たくさんしたり、
店員さんにアドバイス貰ったり、

センスのいい友達に相談したり、

自分なりに向き合ってみたり・・・

いろいろ方法や手段を探して行動していたと思います。

行動してみた上でそれでも
「やっぱりセンスないわ」ってなったら

『自分で選ぶの辞めよう!!』
ってもう肚括ることになるでしょう。

今は芸能人だけじゃなくても
スタイリストさんや
ファッションコーディネーターさんなどに
依頼することもできるんですよね!!

でも、

私はずっと受け入れられていませんでした。

わかっちゃいたけど、
認められない。

認めてしまったら自分の価値がますます無くなってしまう、なんていう思い込みがあり

どうしても受け入れられなかったのです。

私の中では

センスない

ダサイって思われる

見下される

悔しい人生

敗者

という妙な固定概念がありました。

『センスがない』って認めてしまうことで一瞬で真っ逆さまに転落してしまうという恐怖を感じていたのです。

実際には一瞬で転落なんてないし、

あったとしても
自分の受け取り次第でなんとでも。

でも・・

なんでそんな固定概念が私の中で確立されていたのか??

これは学生時代、
小学生の頃からすでにあったカースト制にあります。

カースト上位に居る女子って、
たいていいい服着てるか
センスいいもの着てました。

私はカースト下位。

このあたりから
周りを意識したり
流行をチラ見した服装をするようになりました。


自分の好きなファッションではなく、
カースト下位に見られない服装。

私のファッションは基本的に
寄せ集めのファッション。

主体性がなく、
軸もないのでバラバラなんです。

例えば、
まったく接点のない人が数人が
自分の私物を持ち寄りマネキンを着飾ってみる。

どんなプロに任せても
きっとチグハグなスタイルになると思います。

だけどそこにそのプロのアレンジをひとつずつに加えていき、すべてのアイテムにその人の味(熱)が組み込まれると一体感が出る。

そうするとチグハグではなくなるんです。

私は色んなスパイスを
あちこちから引用するだけで

私自身の意思=熱はない。

ファッションは
自分を表現するもの

そんなふうに一度も思ったことがなかった。

私にとってファッションは
誰かと繋るためのツールでした。

だから
自分を喜ばせるためでもなかったし、
自分のためでもなく。

自分を着飾る、というより
自分を少しでもマシに見せる

こんなふうに
不足を補う意識でのこと。

だからコンプレックスに背を向けて
視界に入らないよう
目を瞑って突っ走ってました。

しっかり向き合ってみると

センスがない、というのは
最初の設定の問題で

勇者が
レベル1から始めるのか
レベル15から始めるのかというだけの話。

どちらも共通するのは
経験値でレベルが上がるということ。

レベル=経験値を上げてこなかった私は
いまだに
自分の好きなファッションがすぐに言えませんでした。

それは

好き嫌いを区分けできるほど
多くを見てきていないだけでした。

それは

コンプレックスに背を向け
目を瞑ってきたから。

できない

やれない

下手

難しい

こう思った瞬間
背中向けてしまったことありませんか?

目を瞑って
見えないフリしたことありませんか?

私は『出来ない自分→下位になる』と思っていたので

出来なかったことがあると
恥ずかしいことだとか
情けないことだと自分を責めていました。

いやーーーーーーーー

全然でしたよね😅

客観的にみれば
全然そんなことない。

最初から出来るとか
自分のことどんだけ超人化してるねんって😂

こういうのを
マンガとかドラマの見過ぎって言うんだなと。

画面の向こうの人たちは
みんな『出来る人』だから。

『出来ること』が当たり前なんだと思い
出来ない自分は恥ずかしいことだと。

できない

やれない

下手

難しい

これを↓

今の私にはできなかった

今の私はやれなかった

今の私は下手だった

今の私には難しかった

こう受け止めていたらどうだろう?

私は出来ない・やれないでは
ずっと永久的な感じがするけど、

今の私には出来なかった

と変えるだけで

今出来なかっただけで
未来は変えられる

とイメージできないですか?

その上で
乗り越えたいのか、
別に今のままでもいいのか、
または代替案を考えるのか。

コンプレックスって
自分が勝手に早とちりして決めつけたことだったんだなと思ったわけです。

コンプレックス
=自分の敗者要素

という括りがある人ほど

年齢重ねていくたびに
認めることすらきついと感じるはず。

認めてほしい
見下されたくない
バカにされたくない

さらにその根底には

自分のことを
自分自身が見下してる

自分が自身のことを
『出来ないやつ』って決めつけちゃってるからこそ

周りに気付かれないような
必死な行動になる。

すると、

人はまず『隠す』
という行動に出ちゃうものです。

隠す癖がつくと
いざ向き合おうとしても見つかりづらくなるのが難点でした😅

出来なったのは
ただ出来るほどの実力が“今”なかっただけ

自分はその器を持っていないとか
自分はダメなやつとかいう決定枠じゃなくて、

その実力は
経験と体験でUPさせることができるということ

コンプレックスとは
自分の早とちりの早合点だった

ずっと背中向けて
目を瞑ってきたけど、

こんだけの話だった。

歩き始めたばかりの赤ちゃんがトテンと転んだ時に

「あああああ!あたち歩く才能なーーーい!!出来損ない!恥ずかしいーーーっ!!!」

なんて叫んでたら・・・😂

おいおい、
さすがに決めつけるの早すぎだぜ😅ってなりますよね🤣

そんなことしてたんだなぁって気付いたら
なんだか気が抜けました😂

コンプレックスだと思って
背中向けて目を瞑ってきたこと

まずがっつり認めてみませんか?

今の私には出来なかっただけって。

この記事がどなたかのお役に立てればと思います。

セラピスト矢野碧