column

こんにちは、矢野です😄

「どうせ私なんて」
「どうせ私がやったって」
「どうせ私がやっても」
「どうせうまくいきっこない」
「どうせ失敗する」

うわーーーー!

書いてるだけでテンション下がる笑

でもこういうモードって

入る時は入るんです。

入らないし、
入ったこともない!
という方にとってみると

「なんでわざわざそんなこと思うの?」

と理解に苦しむと思います。

でも

理解しなきゃいけないわけではないですし、

そもそも
“どうせ”を思っちゃいけない・・・
というわけでもないのです😊
(誰が決めた?って話)

とはいえ、

“どうせ”が勝手に付き纏うと
本当にしたいことも
本当の望みも
やりもせず潰してしまうので

とても勿体ない。

“どうせ”が
なぜ口癖になってるのか

この理由について持論ではありますが
お話してみようと思います。

なぜ
“どうせ”が口癖になってるのか?

理由は

成功体験を
ひとつずつ噛みしめていないから

わたしはここだと思っています。

この一年、

またはこの十年で、

『これうまくいったー!』
『自分グッジョブ😍✨』

って感じた経験を
いま思い出せますか?

“どうせ”の理由が知りたいあなたは

たぶんすぐに浮かばないのではないかなと思います。

もし浮かんだとしても
思い返してみてその時の高揚感がまた湧いてくるような感覚はあまりないんじゃないかと思います。

あなたは何か成功できた時でも

「まぁこんなものだわ」

とクールに流していませんか?

または

「思ったほどの結果じゃなかった」

と少しがっかりしている内心を隠しつつ
表向きは喜んでいた・・・

なんてことありませんか?

ひとつひとつの
行動からの結果に対して

前進した✨
ひとつゴールを切った✨
ここが成長できた✨
この経験ができた✨

というように悦びポイントや
自分の経験に対して

味を噛みしめ
実感を肚に落とし
自分の身にする

ここまでやっているでしょうか?

この行程がほとんどなく、

がっかりした気分や
悔しい気持ち
まだまだやらなきゃという
強迫観念

こういったネガティブで
苦しいイメージが

その体験の記憶として
刷り込まれ

挑戦=うまくいかないもの

こんな経験方程式を
埋め込んでしまっているのです。

そりゃ

“どうせ”って言いたくなりますよね😂

ちなみにですが、

挑戦してみてがっかりする結果になるのは

その挑戦に対して
映画やアニメのような

ミラクルシチュエーションを期待しているからです。

いわば

「なんかすごいこと」

という
超絶漠然とした奇跡的でインスタ映えな結果を求めてるから。

身の程を、、、
という拘束的な意味ではなくて

現実的に
その挑戦でなにを自分は得たいのか?

「なんかすごいこと」というのは

私になにかすごい奇跡が起きて
すごい結果がやってくるはず!!

というように

自分でつかみ取るわけでもなく
何かの力で勝手にやってくる
完全受動的思考の末です。

やたら期待が高く
みょうなミラクルを信じてるからこそ

結果に落胆する

これ繰り返す

挑戦=うまくいかないもの

自分の力もそんな程度のモノ

自分卑下する

自尊心低くなる

教祖的存在探す

言いなりになる

自分らしい人生薄まっていく

虚しくいつも心細い

自分に力がないとか
自分に実力がないとかじゃなくて

挑戦に対して
具体的になにを得たいのか
またはゴールを決めていなかっただけ

決めていなかったから

悦びポイントもわからず
喜ぶ機会を失ってしまい

挑戦=ネガティブ

こんなイメージだけが
印象に残ってしまった。

ただこれだけなんです。

あなたの力量や能力、
性格や才能がって話ではなくて

挑戦する前の
心積もりの問題だけだったのです。

なのでこれから試してもらいたいのは

成功体験を増やしていこう!

ということです。

小さくてもいいんです。

一駅歩いてみる

いつもエレベーターで向かうところを
階段で上ってみる

全力で1時間一人カラオケで声出してみる

あの人に挨拶してみる

一週間毎朝デスクをピカピカに磨いてみる

一週間毎晩靴を綺麗にしてから寝る

なんでもいいので

できた😍!

を感じる経験を
とにかく増やしていくこと。

そして

挑戦=悪くないじゃん😁

挑戦=自分が喜ぶこと!

というような経験方程式が身に付けば

“どうせ”が湧いてきても
怖くない

“どうせ”が湧いてきても
まったく悪いことではなくて、

何にがっかりしたのかを
自分に問うてみると

また自分を知れるきっかけになります😘

それはそれで
楽しんでみてください😊

セラピスト矢野碧