column

こんにちは、矢野です😊

私は小学5年生あたりから

“生きてる実感”というものが
なんだか欠けてるな

と思って生きてました。

どこに向かってるのかもよくわからないし、

べつに何がしたいわけでもない。

夢も希望も
とくにない。

何をやっても
何かを掴む実感もないし、
一歩一歩を踏みしめてる実感も
ありませんでした。

小6になったころには
「1日でも早く卒業したい」と願い、

中学になったらなったで
「早く大人になりたい」と。

結局のところ

『今』を抜け出したい願望ばかり

とりあえずは、
大人にさえなれば『自由』であり

大人にさえなれば
『好きなように生きられる』

そんなふうに漠然と考えていました。

で、大人になるためには
どうしたらいいのか?

考えなしの
世間知らずな甘ったれの私は
こう考えました。

①時が過ぎるのを待つ

②すでに大人になってる人の言うことに従うこと

大人に言われた通り
または差し出されたことを
それなりにこなして、

みんなと同じように過ごし、

なんとなく時間が経過すれば
いつの間にか

“立派”な大人になってる

大人=立派な大人
大人=すごい

という固定概念をもっていた私は、

そういうふうに
みんな大人になっていくんだろう、

今見えてる大人たちも
そういうふうに
大人になったんだろうと

本気で思っていました。

なので

その“立派な大人が与えてくれるものは『絶対的な確かなもの』で、
大人に与えられるものは
そのままを受け取り
そのまま言われた通り、
褒められながらやっていれば

うまく進む

そう信じていいたんです。

これ・・・

実話ですよ・・😅

本気でそう思っていましたから。

世間知らずとは
まさに私のことだったなと
改めて実感しています。

いかに周りを見ておらず
自分で考えてこなかったのかを

大人になって
パンチ食らいまくりです😱

大人=立派な人
立派な人の言うこと=正解

という妙な思い込みから始まり、

いわゆる『良い子ちゃん』というものを
私は生きてきたわけですが、

結局のところ

『良い子ちゃん』って子の人生を
私は歩んでいたのです。

『自分以外』の人生を歩もう
と演じていたから

自分の人生を歩んでいる実感
=生きてる実感がなかった。

そりゃ実感ないわな、
という感じです😅

誰かに言われた通り

誰かに言われたルール

世間の風潮

周りが私に求めていること

私が周りに見てほしいキャラ

自分以外に視点を向け
そこに合わせた『良い子ちゃん』を
イメージして

自分からはまりにいく。

そして
ここで問題なのは

その『良い子ちゃん』になることを
心から決めていないこと。

例えば

自分で望んだ目的のために!
ある野望を叶えるために!

という確固たる自分の信念のために
『良い子ちゃん』を演じると決めて実行してる
というのなら正直問題ない。

けれど、、、

『良い子ちゃん』していれば

みんなに嫌われない
みんなに好かれる
うまく輪に入れる
うまくやっていける
褒めてもらえる

という
誰かの評価を気にした上での実行は

そもそも
ゴールがない。

最終的に
自分が満足して終わることがない

これが後者です。

だからずっと不安だし、
ゴールに向かえてるのかもわからない。

怖い。

『ちゃんとやれている』実感もわからない。

自分が軸じゃないので
手応えがわからない。

誰かの評価待ちなので
いつも人の顔色窺うようになる。

みんなに嫌われない
みんなに評価される『誰か』
になることに必死すぎて、

自分の人生を
一歩ずつ踏みしめることを

これが
すっぽり抜け落ちてしまってる状況です。

というか、

もう一度改めていいますが、
私の赤裸々な実体験ですよ😂

そりゃあ

生きてる実感湧かないよなぁぁぁ

と思いますよね😅

気付いてしまえば
「なるほどねー」なのですが、

気付いていない時は
必死すぎてわからない。

闇雲に猪突猛進ですよ。

真っ暗闇。

無意識は怖いものです。

わかってしまえば、

というか

気付いてしまえば
どってことない。

だけどまず

自分で

自分の無意識の行動に気付くこと。

ここでようやく
自分の生きてる実感の始まりだ

と私は思いました。

後編(『良い子ちゃん』のメリット)につづきます

セラピスト矢野碧