kaoriのコラム

先日、久しぶりにおぼっちゃまくんのYouTubeを見つけた。

あれは、レジェンドアニメだよね😂

観ててもう、爆笑で。

 

お友達になっただけで、

御父ちゃまから『ちゃまを宜しく』って、1800万円~1億円

その都度で貰えるんだよ😂

(いくらあるのか?動画止めて計算したもんね。)

 


 

 

かきの君がそれにびっくりして辞退したら

うおー!何ということだ!タダで友達ができた!ちゃまは一人前だ!

とか言って、御父ちゃまが喜んでるの😂😂

 

何ていうの?思考の桁が違いすぎるっていうの?

私、まだまだ小さいな~、このくらい振り切って、自分に没頭して

世間知らずでブッちぎって生きたいよな。って本当に思ったよ。ヘケケ。

 


↑天使の手❤

隠し撮りです・・・

かわいくないです?両手でグラスを持つんですよ❤

 

本来、心理学では 両手でグラスを持つ人は心配や不安の現れって言われているみたいですけど

子どもは違うと思う。

まーちゃんも、いつも両手でグラスを持っていた。

 

辛いものとか、刺激物とかアルコールも一切駄目で

タイ料理の日は、1人だけ タイカレーの代わりに

ココナッツスープを別で作ってもらって食べてたよ❤

 


天使の化身 まーちゃんとは??

不思議ちゃんとの出会い。>>

『私は皆と繋がりたいから、境界線を作る。』by天使>>

 

 

 

今回も、到着後

私に一番に会いに来てくれた。

ま『かおりちゃん、こんにちは☺』って。

 

その後、

まーちゃんは覚えていないと思っていたので

この時のことを話して、お礼を言ったら>>

 

ま『わたし、おぼえてる。。。。

わたしが「こうだよね?あーだよね?」とか、断定系で言われるのも

言うのも嫌だから、普段は絶対に言わないんだけど

なんでかあの時は、ああいう言い方をしてしまって

嫌な気持ちにさせなかったかな?って、ずっと気にしていたの。』

 

と、言っていた。

子どもが言うように。

 

(@_@)

 



記憶~壮大な暇つぶし人生の終焉。>>

に、書いたように

私はお腹の中の記憶を、思い出して

それを まーちゃんに話したら

 

ふっつーに、こういう事を言っていた。

 

本当は、子どもがいうような喋り方なので

まーちゃんの言葉は、全てひらがな表記にしたいのですが

読みにくいので、こちらで調整。

 

まーちゃん

『私も生まれる前の記憶を持って生まれちゃったの・・・』

 

 


ゴッドマザー

『あ~ら、それは厄介ねぇ・・・』

 

 

『うん、本当に厄介』

 

 



『・・・・・な、何がやっかいなの??』

 


『私の場合は、お腹の中にいるときの、お母さんの感情まで全部覚えちゃってるから・・・』

 

 

まーちゃんいわく

生まれる前の世界は、

白っぽいところで、テレパシーだけで会話が出来ていたから

生まれてから言葉を話すのが、本当にきつかった。とのこと。

もちろん肉体はなく、意識だけの存在。

 

現に、感情表現が 嬉しくても悲しくても

泣くことしか出来なくて

よく『泣いてるだけじゃわからないでしょ!!』って、言われて育ったとか。

 

私、泣いてるだけじゃわからないでしょ!とか

子どもに向かっていう大人って、本当に下等生き物だと

昔から軽蔑してる。

 

私の場合は、保育園が酷かったからな。

妹なんかは生まれつき大人しく、感情表現をしなかったので

私より酷い扱いだったらしく『あれは、今の時代なら虐待だよ。』って、クールに言ってた。

 

保育園と言い、学校と言い

本当に 先生ってだいっきらい!!

所詮 公務員のくせに。とか、数年前まで本気で思ってたもんね。

 

 

そう言えば、このレムリアにも

美術の先生が参加されてて、その方とも色々物語があったので

機会があれば書きたいと思います。

 

 

まーちゃんに話を戻して。

 

お母さんのお腹の中は、本当に狭くて狭くて

早く出たかったとのこと。

 

そして、お腹にいる時の

お母さんの感情も、苦しかったとのこと。

 

お母さん、不安と心配しかしていなかったんだって。

それが、しっかりまーちゃんに伝わっていた。

 

実際に、ヨーロッパの方では

不安な感情は、

 

胎内に居る頃に、母親の感情がそのまま細胞に組み込まれている。

生まれる前の記憶。

 

という考えで

細胞から 不安を開放する。という技術がある。

エネルギーワークのことだけど。

 

私は、あまりこの技術には興味が無いけど

まーちゃんの話を聴いたとき

真っ先に このエネルギーワークのことを思い出した。

 

まーちゃんは、本当は生まれたくなかったそうだ。

 

でも、人間は

自分が生まれたいから、この世に生まれてくるはず。

嫌々人間になることは、不可能なはずだ。

 

だから私は疑問に思い、聴いてみた。

私『じゃあ何で、まーちゃんは生まれてきたの?』

 

 

 

 

『人を救いたかったら、

一回は人間を経験しておいた方が良いよ。

って、言われたから。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱ天使やん。。。

 

 

まーちゃん天使の化身じゃーーーん!!!!!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴッドマザーが一番びっくりしていたのは

まーちゃんが、私の前だけは よく喋る。ということ。

 

マザーとまーちゃんは、もう7年くらいのお付き合いになるそうだけど

まーちゃんが、こんなに話すことは本当に無くて

香織ちゃん、何者??

 

と、言っていた。

 

まーちゃんも、まーちゃんで

香織ちゃんは、話しやすい。

と、言ってくれていた。

 

 

世間に合わせず

自分の心の純度を磨いてきて

本当に良かった。と思った。

 

因みに、

私はケント・モリの魂の踊りが好きで

MIYAVIも最近 すごく好きだ。

 

という話をしていたら

 

なんと、まーちゃんも

その2人は大好きで

特にMIYAVIのことは大好きで

佇まいが、本当に侍のようで好みといっていて

 

ゴッドマザーが

まーちゃんの口から MIYAVIが好きという言葉が出ていることに

ぶっ飛んでいた。笑

 

※ゴッドマザーは、娑婆の人じゃないので

二人のことは全く知りませんが、ケント・モリのダンスを観せたら

とても興味を持っていました。

IKKOさんとかも、知らないの。笑

 

 

そして

ある日のワーク。

 

自分の表現の場を30分間与えられる。

 

私は、歌と絵にした。

 

過去を癒す。

というよりも

今にしっかり地に足をつけて

未来に行くための 表現の場にしたかった。

 

絵は、どうしても

龍と不死鳥を描きたかった。

 

理由は、私は昔から

困ったこと、もうだめだと思った時には

いつも、心の中に居る(と、自分で感じている)

この白龍と不死鳥に話しかけているからだ。

時間が限られていたので

15分位で 描いたのだけど

これを描いている時

しっぽが七色の光を放っている トカゲ が、3回も現れた。

 

 

全部違うトカゲ君。

 

一週間の滞在のうち

トカゲが現れたのは、この絵を描いている時だけ。

 

私は、爬虫類は飛び上がるほど嫌いなんだけど

このときだけは

そのトカゲ君たちが、何故か可愛かった。

 

自分でも不思議だった。

 

 

東京に戻って知ったんだけど

トカゲって

龍ではなく、竜の化身らしいね。

 

 

でも描いてしまったら

なんだか この絵は過去になってしまった。。。。。

 

具現化したことで

なんだか 全ての執着がなくなったというか

こだわりが、全くなくなってしまった。

 

全てが

どうでも良くなってしまった。

 

私の欲の権化は、これだったのか?

とも思ったけど

それは、次回に書く

まーちゃんの一言で、大きな勘違いだったと知る。

 

そして私の表現時間は

私が皆に背中を向けて歌うので

 

後ろ姿からエネルギーを感じてもらい

皆に降りてきた言葉やイメージを、

この絵の上に、自由に描いて欲しい。

 

というもの。

 

人間の本音は、後ろ姿に出ますから。

それに

顔を見せて歌うと、色々と情報が入りすぎて 思考になって

純粋なメッセージじゃなくなる。と感じたからね。

 

 

私達は、魂の深いところでは

本当は 一つで繋がっている。

 

皆の言葉は

私のスピリットや、潜在意識からのメッセージだ。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

そしたら

こうなった。

 

 

やっぱり、私は日本を出るんだね。


 

びっくりしたのが

舞え!

ダンス

とか描いてあったこと。

 

因みに

ダンスは、まーちゃんが英語で書いていたんだけど

ダンスの英語の綴りを間違えてDAMECEと書いていた。笑

可愛い❤

 

 

皆 曰く

ダンスと言っても

バレエとか、コンテとか、ベリーダンスとか

タンゴとか

そういういかにもという

型が決まっているダンスではないそうで

 

 

表現ダンスなのだそう。

 

日本でいうと

大野一雄さんとか


 

 

 

 

 

 

 

 

田中泯さんとか


 

 

 

 

 

 

芸術にお詳しい方には、

レジェンドなお二人のお名前を出してしまって

ちょっと気がひけるのですが。

 

最近でいうと

夏木マリさんの印象派


 

 

 

 

 

 

みたいな感じで

ただ踊る。のではなく

魂の舞なのだそうだ。

 

 

それを

舞踏

と言うらしい。

 

私が

ケント・モリの踊りに惹かれるのは

あの人の踊りには

計算も承認欲求もないからなんだけど

何か、納得した。

 

 

私は小さい頃

音楽がかかると

急に踊りだし

 

周りの大人達に

なんて感性が豊かな子!

と、びっくりされていたそうだ。

 

でも、いつからか

踊りなんて、恥ずかしい。

とんでもない!

 

人前で踊りたいなんて

究極のナルシストだ、とか言っていた。

 

こうやって人間は

大人になるごとに

 

かっこつけて生きていくようになるんだな。

 



どれだけの人が

自分の感性を閉じ込めて生きているんだろう??

 

と、なんだか虚しくなった。

 

私も今

記憶を辿っているところ。

 

続く>>

 

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