kaoriのコラム

シリーズ編 その①

 

まず、前提として

記憶とは、とても曖昧なもので、脳の都合の良いように塗り替えているということ。

 

そして、過去も未来もない。

 

在るのは  だけ。

 

全ては本人の解釈でこの世は出来ている。ということが

スピリチュアルだけではなく

脳科学でも言われている。ということを前置きしておきます。

 

記憶なんて、単なる残像です。

 

過去は変えられない。と言う人もいますが

過去は変えられます。

正確には解釈を変えるのですが。

自分の解釈を変えると、周りまで変わるのです。

 

そして  過去 を思い出した時に

 

胸が傷んだり、高揚したり、感情が動くのであれば

貴女の中で、まだ消化しきれないこと、トラウマなどとして

残っているということ。

 

そこに、大きなヒントが隠されています。

 

そして人間は、本当に思い出したくないことは

思い出せないように、しているのです。

これは、脳の防衛反応なので有り難い機能なのですよ。

 


写真の呼び名は、人それぞれです。

自分にしっくりくるのが、じぶんにとっての 本当。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よく言われますよね。

自分がやりたい事は、小さい頃 時間を忘れて没頭してきたものに隠されている。と。

 

これは以前も書いたのですが

私は、小1で世界一大好きだった祖父を失ってから

幼少期や小学校5年生の頃の記憶が、本当に思い出せなかったのです。

 

何故 思い出せなかったのか?は根深い記憶にあった

これは2年前に わかったのですが

私は無意識で、祖父の死を受け入れきれずにいたみたいで

当時の記憶を、封印していたようでした。

 

現に18歳で上京して、33歳くらいまで

街で祖父と同じポマードの方とすれ違うと、寂しさが襲い、涙が出ていましたからね。

 

母よりも、祖父が大好きでした。

この詳細は、過去記事に記載しています。

天国からのメッセージ。~自分を探求していくと、人生がとても神秘的に感じます。>>

 

思い込みは、本当に面白くて

私が祖父の死を受け入れた後、

お祖母ちゃんは、お祖父ちゃんが大好きだった!と思い込んでいたのですが

実際に 90歳を迎える祖母に聞いたところ

『半分、半分』と、言っていました。

色々と、大変だったようです。

 

母も、お祖父ちゃんは恐かった。と言っていましたし

嫌味なこともされたそうです。

 

妹さえも、当時の事は小さすぎて あまり記憶がない。。。と。。。。

 

あ、あれ💦?!

私の記憶では、皆 お祖父ちゃんを美談にして語ってなかったっけ?!💦💦

 

自分が変われば、過去も変わり、周りも変わる。

ということを、実感したときでもありました。

 

現に、お祖父ちゃんが生きていたら

香織は絶対に、ぜーーーったいに東京には出してもらえなかったよ。

 

と、言われた時、

確かにそうだなぁ。。私は溺愛されていたから、田舎で世間知らずのお嬢ちゃんとして

生きていたかと思うと、、、、😨

人生って、上手く出来ているんだなぁ・・・と思いました。

 

とにかく世間が作った成功を追い求めた20代

記憶が思い出せなかったもう一つの理由に

20代のころの他人の作った幸せや、正解を追い求めて、生きていた。

というのがありますが、これは別の章でもっと詳しく掘り下げて行きます。

 

すっかり他人の価値観で作られた鎧をまとった私は

自分が好きなこと、やりたいことさえも、しばらくわからない状態で

原因不明の体調不良も続きました。

 

でも現代人は、こういう人がとても多いと感じます。

自分の意見よりも、相手がどう思うか?を考えながら話す、

自分が何が好きなのか

何をやりたいのか

何が心地いいのか

何が幸せなのか?

わからない人が。

封印した記憶が明らかになっていく

自分を取り戻しつつあった私がよく思い出していたのは

中学生や高校の頃の、美術の時間と、祖父と一緒に絵描きをしていた記憶。。。。

 

うーん。。。。

この間の小学生の頃、夢中になった記憶が思い出せない。。。。

絵では毎回 賞をとっていたけど、、、、今は絵なんて描かないし。。。

いつもここで、記憶が止まるのです。

 

 

しばらく自己探求(自己対話のこと)が続き

やっと自分を取り戻したときに、

大手時代の同期、、、つっても10歳上とかなんだけど 笑

で、私の唯一の親友から、4年ぶりに連絡が入り、原宿で待ち合わせをすることに。

 

その日、私は休日。

予定は夜だったのですが、少し早く待ち合わせして

明治神宮に行こうぜ!という話に。

 

私は自己内観する時は、徹底的に内にこもるので

久しぶりの外出でした。

 

当日は天気も最高で、もう半袖でも良いくらい。

私は早めについたのですが

 

お互い酒好きで

何が悲しくて休みの日の、こんな天気のいい日に

昼間からコーヒーなんか飲んでられるか!!ということで、

一杯飲める場所を探すも

原宿は

服屋か、カフェしかない!!

 

原宿は、私の原点。

上京したては、愛読書であったZipperに載っていた原宿に行きまくって

原宿でバイトもしていたくらい!

 

洋服屋とオシャレなカフェ屋に、本当に胸をトキメカせていたけれど

今はそんなものより、

飲み屋ないのかよ。

とか言っているこの年の取り方。。。笑

 

私はそんな年のとり方をした自分を 誇りに思うけどね。

 

その時の、待ち合わせのやり取りがこれ。笑


人の多さよりも、飲み屋が無いことに苛立つ私。

親友はワンカップとかいうけど、流石に道端でワンカップなんて飲めるわけがなく。笑

 

二人共、吉野家には入ったことないのですが

原宿にはあまりにも、ワイン一杯も気軽に飲める飲み屋さんがなく・・・

 

その時

私のイケメン好きの美容師さんが、昔 お肉食べれないくせに

吉野家に居た店員のイケメンを見つけ、店に入るも 食べるものがないから

ビールだけ飲んでいて、三杯目頼んだところで これまたイケメンの、美容師の隣に座っていたお客さんから

『あの、ここBARじゃないっすよ』と言われたという 爆笑話を思い出し

 

吉牛で飲める!!とひらめく。


 

笑。生まれてはじめての吉野家。

結局ここで、2人で瓶ビールだけ3本飲んで、明治神宮へ。

 

因みに私の酒癖がクソ悪いのは、こいつのせい。笑

 

親友は、超スーパーミラクルダイナマイト酒癖悪く

ディナータイムで、昔と変わらない酒癖の悪さに、お腹を抱えて笑いました。笑

 

マジ 志村けんのコントのまんまだからね。


←柄本さんとのカラミは最強でしたよね。

 

 

旦那さんに『にっしー(私)申し訳ないけど、家まで送ってもらえないかな(T_T)?』と頼まれ、

この私が、シラフで家まで送る。笑

 

この人が、私の酒癖の悪さの基準。

 

 

私なんて、全然余裕だろ。と思っていたのだけど、、、、

 

ま、

アブノーマルな人から見たら、私はノーマルだろうし

ノーマルな人から見たら、私はアブノーマルなだけ。

周りはなんと言おうが

自分自身は、自分に正直に生きているから至って普通。

 

というのが、私の結論。

ただ、人様に迷惑かける酒癖の悪さはもうしない。と誓います✋

 

 

気取らず、自分の底辺の時を知っている親友と居ても

お互い進化しているので、昔話など全く興味がなく 今の話。

 

親友は酒癖は悪いけど

シラフの時は、インテリで色々なことを知っているのです。

 

草間彌生さんが、ここまで人気になるもっと何十年も前から

草間さんの作品とか持ってたり、先見の明が凄い。

 

芸術が好きな彼女と話していたら、私は思い出せなかった期間の記憶が

玉ねぎの皮が、一枚一枚向けるように、蘇ってきたのです。

 

 

あ。

私、漫画描いてたわ!!

 

封印していた記憶が、鮮明に蘇りました。

 

つづく>>