kaoriのコラム

今日は日記みたいなもんです。

 

東京に戻る時に、1番憂鬱になることがあります。

 

東京に帰る間際、母の車に乗り、空港に向かおうとすると

必ず90歳の祖母が、寂しいと泣くんです(T_T)

 

なので今回は、前もって予防線。

祖母と一緒に洗濯物をたたみながら

 

私『お祖母ちゃん、こうやって時々帰ってくるから楽しいとよ。これが毎日一緒に居たら、絶対におばあちゃんも、鬱陶しくなるよ。』

現にこの日の前日、里帰りして毎日 祖母の部屋で過ごしていた私に

『香織ちゃん、今日はお祖母ちゃん静かに過ごしたかけん、あっち(向こうの部屋に)いってぇ~』と、祖母に言われていた私。笑

居なきゃ居ないで、寂しいと電話がかかってくるのに、この自由さ!!😂

 

この機を逃す訳にはいかねぇ!と、タイミングを見計らい。

 

祖母『そうやろか??』そうなの??

私『そうよー!私が毎日実家におってみ?お祖母ちゃんうるさくて、もう疲れると思うよ!』私が毎日実家に居ると、お祖母ちゃんはうるさくて、疲れてしまうと思うよ。

 

祖母『そうね!お祖母ちゃんはいつも静かに暮らしとるけん、毎日は大変かね!!』そうね!私はいつも静かに暮らしているから、毎日香織が居たら大変ね!

 

よし、、、これで予防線は貼れたハズ・・・・・・。

でも、帰る間際になるとわかりませんが。。。

 

6人の孫達の中では、祖母は死なない気がすると、言われているスーパーおばあちゃん。

 

15歳年下の彼も居て、ボケもせず、未だにグランドゴルフ(ゲートボール(^o^;))、書道、カラオケ

何をやらせてもNo.1になってしまい、いつも皆の中心に居て

電話での声のハリなんて、もう50歳並。本当に。

 

でも、今回は初めて

祖母が亡くなった時の映像が、想像できるくらい、祖母も年をとったなぁ・・・

と、途中何度も、涙をこらえることが多く、バレないようにするのが大変でした。

 

私は19歳~29歳の10年間は、実家に帰っていませんから

20代は、家族の大事さとか言われても、イマイチピンとは来ませんでした。

 

帰らなかった理由は、

『成功するまで帰ってくるな。』と言われたからです。

何をもっての成功かはわかりませんが『それくらいの想いで上京をさせた』という親の想いです。

 

それから、私が困ったことがあっても、一切手を貸してくれることはありませんでしたから

当時の幼稚な私は、見捨てられたと勘違いし、

 

血の繋がった遠くの家族より

東京で、いつも私を支えてくださる方の方が大事。

本気でそう思っていました。(今は、身近に居てくださる方、家族 どっちも大事です。)

 

でもこのお陰で、私は東京で人脈というものを築くことが出来たので

今では本当に感謝しています。

 

現に、母方の祖父母のお葬式も、帰りませんでした。

 

私も私なりに、必死に生きていましたから、後悔はありませんが

今回、母方の祖父母のお墓参りに行った時に、

ごめんね、許してね。 と、やっと言えましたが、

 

地球は肉体があって生きれる場所ですから

魂だけになつてしまった祖父母に伝わったかは、わかりません。

 

でも母方の祖父母の息子(母の兄、つまりおじさん)に5年ぶりに会ったら

お墓掃除をしてくれたお礼にと、この歳になってお年玉をもらったので、良かったのだと思います。

いえーーい٩(๑´3`๑)۶!笑

 

東京に出てからは、里帰りしても 今回みたいに長く居たことはなく

先にも述べたように

私は20代は、とにかく生きるのに必死で

家族との触れ合いに時間を使うことはなく、特に寂しいとも思わず、なんとかサロンを軌道にのせましたが

 

今回 こんなにゆっくり過ごして気づいたのは

 

私って、寂しさを我慢してたんだなぁ!!ということ。

 

やっぱり家族は自分の根ですから

恋人とか、仕事とかでは埋まらない何かがある。ということに気づきました。

 

やっぱり家族って、本当に大事です。

 

そして、こうして家族と一緒に居て思ったのは

誰にでも、こういうバックグラウンドがあるんだなぁ。。。ということ。

 

上手く言葉では言えませんが、

人それぞれ バックグラウンドがあるのに、

教える って言う行為って、本当は物凄く傲慢なことなのかもしれないなぁ。。。。

 

そう思いながらTVを観ていましたら

また、玉三郎さんが出ていて、こんなことを仰っていました。

一語一句同じではありませんが。

 

若手育成において大切なのは

言葉で教えることよりも、一緒にいること。

かと言って、食事に行きましょうとか約束するのは難しい。

だから

同じ舞台に立てば、必然的に楽屋でも会話が出来るし、一緒に居れる。

そこで、言葉では伝えられないことが、伝わるのだと思う。

 

と、いうこと。

 

現に玉さまは、七之助に女形の指導をされているのですが

七之助の成長に、とても驚かれていました。


 

私はこの言葉を聞いた時に、

あ~!なんというナイスなタイミング!

と、びっくりしました。

 

私は以前、ある人に

相手は今学び始めたばかりなんだから、西田さんが教えてあげないといけないんだよ。

 

と、言われた時に、とっても違和感を感じて

この人は偽物かもしれないなぁ。。。。と、感じたのですが、やはり私の勘は正しく

その人は偽物でした。

教えるとか言う人って、相手が自分の思うどおりに動かないと、怒って

自分の思うどおりに動くと褒めるという、、、なんか変なんですよねぇ。

 

 

私が心からお慕いする宗像さん>>は、教えるとか、一切言わないし

以前、私が宗像さんに

『宗像さんは、こいつムカつくーー!!!と思う人にはどう対応されているんですか?』と伺った時に

 

『僕も昔はすぐ怒ってましたよ、でも相手の育ってきた背景を視る(想像)ようになったら、

この人のせいじゃないんだな、と思って そこから怒らなくなりましたね。』

 

と、言われていたのを思い出し、玉三郎さんが言っていることが

スーッと入りました。

 

 

今月から始まるエステティシャン養成講座の目的は

日本のエステティシャンのレベルが底上げし

本来のエステティシャンたちが日本に増えれば

先進国の中でも、特に自己管理が出来る人が著しく少ない日本の女性は、

自分自身を正しく慈しむ。という行為を通して 本当の意味で成熟した女性が増え

日本は本当の意味で、多様化になり成熟した国になる。と私は思っています。

 

でも、このマインドを言葉だけで伝えるって、難しいなぁ。。。と思っていたので

清水会長も含めて、皆と沢山一緒に居る時間を作ろう。

と、思っていましたから、何だかこのタイミングにGOサインを貰った感じでした(^^)

 

 

皆 それぞれ育ってきた背景があるのだから

私ごときが教えるなんざ、とっても傲慢な話。

 

教えるよりも、一緒に居ることで、言葉ではない

もっと大切なものが伝わっていく。

 

家族と過ごしてで気づいたことを、エステティシャン養成講座>>

大いに活かしていきます。

 


 

まぁでも、家族と同居は無理かな。笑

 

離れて暮らすからこそ、毎日家族を想い、感謝が出来るというのも同時に感じました。

現に親父とは、2日で限界が来てしまい喧嘩 笑

 

でも帰る前日、親父は普段 絶対飲まないビールを、私のために買って冷やしていると、母に聞いた時は、ちょっと来るものがありました。笑

 

写真は私が世界1大好きな 祖父。

私が6歳の時に他界しましたが

いつも着物だった祖父がこういう格好で写真に写っているのは

この一枚しかなく、私のお気に入りです(^^)

 

家族はやっぱり幸せの根源です。

 

さ、明日からまた気持ち新たにヽ(^o^)丿

宜しくお願い致します。