kaoriのコラム

昨日の続きです。~マニュアル時代からパーソナルの時代へ

 

14年やってきて思うのが、

心身の健康を維持している女性こそ 本当に自立している女性だというこ とです。

健康という漢字は、

健=健やかに

康=まっすぐ立つ

という意味だそうで、心身ともに真っ直ぐ立つことなのだと思います。

照子先生と恩師の小林照子先生。80歳!!とってもお忙しい先生ですが、趣味も旅行も楽しまれていて、仕事に振り回された生き方はされていません。

 

 

 

何故なら、そういう女性は、

承認欲求や、他人から認められることで得られる偽者の自信などに依 存して生きておらず、

何が自分にとって一番大切なのか?がわかっているのです。

その上で、自分を見失わず、社会生活をしなやかに生きていらっしゃいます。

 

 

自分を見失わない事が、自分であることなのです。

 

 

世間では、経済的に自立している女性のことを、自立している。

と称えている風潮がありますが、

本当に自立している女性は、仕事に振り回されず、

自分が仕事をコントロールできるよう、常に自分が自分の人生のハンドルをしっかり握り、

何事も楽しむ余裕を持って生きています。

 

余裕は 健康であるから生まれるのです。

 

スタイル1

 

また、自分が体を壊すことで、自分の大事な人たちを悲しませることになり、

人様に 心からの笑顔を向けれない。

それ以上に、健康を失うと、全てを失う。ということを、 丹識まで落とし込まれているのです。

 

 

私も18歳から上京し、なりふり構わず無理を越えて、無茶の向こう側まで行った働き方をしていま した。

自分の肉体に感謝もせず、鞭を打って走らせていて、健康で居れるわけがありません。

 

 

何故なら肉体は、この世を生きるための魂の乗り物、、、、借り物だからです。

案の定10年後に大きなツケで若年性更年期障害になりました。

 

骨折などの外傷だったら、まだマ シだったと思うのですが、

ホルモンという目に見えない不調は、今自分がどういう状況なのかわか らないので、本当に苦しいのです。

『明日、もう目が覚めなくてもいいかなぁ。。。』と、毎晩思っていた自分にふと気づき、

ゾッと鳥肌が立ったのをきっかけに、絶対に完治させる!!と決めて行動し、

今は元気に戻りましたが、

あんなに健康体だったのに、今は免疫力が、格段に落ちたのが自分でもわかります。

 

 

 

20代のうちは、寝食忘れて仕事に打ち込み、自分の肉体の限界範囲を知る経験も 必要なことだと思います。

 

しかし、聡明な人は 年齢に合った働き方を知っているのです。

 

体はどんどん変わっていくのに、ずーっと20代の頃と同じような働き方で良い訳がありません。

それは成長していないということではないのでしょうか?

 

もちろん いくつになっても心が若々しいのはとっても素晴らしいことです。

年齢のせいにして、人生を諦めている人は、すごいスピードで老け込んでいきます。

 

若作り と 若々しいは、全く別のもの。

 

 

肉体は年齢とともに衰えていくという真実を、受け入れた上で、

与えられた人生を 若々しく生きていくことは、

人生をより充実したものにしていく鍵だと私は思います。 (医学は進歩していますが、限度がある)

 

以上のことを踏まえたうえで 健美に関しても

これからの時代は、HOW TO ではなく、

その人の個性に合わせた パーソナルなやり方が大切であって

何が正しくて、何が間違っている。という事ではなく、全ては自分で決める事が大切。

というのが私の考えです。

 

そのために、信頼できるプロを使うのです。

決して 専門家の言いなりになってはいけません。

 

自分で感じて→考えて→選択すること

が、自分を知ることに繋がり

自分だけの人生を創造していくのです。

 

自分の選択に 責任を持てる生き方が、年齢を重ねるということなのではないのでしょうか?

すずめさんと談笑されているみぃ太さん。

先日のみぃ太は、夜中に突然一人運動会を始め、ひとしきり走り回った後

うん○して、また走り回って、寝たそうです。意味不明・・・・・でも、自由過ぎて羨ましい!!!

昔から猫という生き物は、私に自由にしなやかに、強かに生きるヒントを 教えてくれます。

 

 

 

ちなみに余談ですが 運動会などでよく見かける光景で、

保護者の競技の時に、上半身だけは前のめりで、

脚がついて いかず、もたついてゴール付近で転ぶお父さんを見たことがないでしょうか?

 

 

私はあの光景、面白くってゲラゲラ笑ってしまうのですが

まさにあの姿こそ、『まだまだイケルと思っていたけど、肉体は違った。。。』というように

自分を過信しすぎている状態なのです。