kaoriのコラム

ご存じない方が多いかもしれないのですが

昔のParisの高級ブランドって、お客がどんなに上等のものを着て

お金を持っていても、爪がボロボロだったり、メイクがおかしかったり

栄養が行き渡っていない髪を、スプレーで固めて着飾っていても、

入れてはもらえるけど、本当のVIP扱いはされなかったという話を むか~し、ある方に教えて頂いたことがあります。

 

確かに、その人の美意識って髪にすごく出ます。

 

例えばホステスさんを例に出すと

売れるママやホステスは 皆髪がきれいだったけど

売れないホステスって、本当に水分の無いパッサパサの髪でした。

まぁ運が良い人って、髪は絶対綺麗だけど。

 

手入れが出来ないのであれば 切ればいいのだけど、それが出来ない。

だけど、洋服はそれなりのを着ている。

誰も見てないだろうという自分への甘さなのか、余裕の無さなのか。

 

かといって、髪が綺麗だったらその人は 凄い人なのか?

というと、またそういう話でもないんだなコレが。

 

美意識というのは、教えられないし、とても自由なものであって

自分で沢山の本物に触れて、自分で養っていくことしか出来ない。

 

ただ言えるのが、自分の国の歴史を知らない人や

見えないものへの畏怖の念がない人の美意識は 貧弱だと私は思います。

 

美意識って、目に視えないものですから。

 

美意識を分析するのに1番お勉強になるのがバブル世代の人たち。

 

美意識を学ぶのは、マツコ・デラックスさんとかゲイの方は本当に勉強になります。

本来、昔のスーパーモデルさんはゲイの方達と情報交換などしていたのですから。

ナジャさんとか最高。

 

バブル世代の方は、二極化していると顕著に感じます。

この世代の人達で自分のことを、女子とか言っている人達は

50過ぎて女子かぁ・・・バブルだねぇ。。。と、私は思います。

 

いつまで女子って言ってるつもり?と。

『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』>>

↑笑

 

反対に、バブル世代の方達でも

自分のスタイルをしっかり持っている人に、私はとても憧れます。

サロンのお客さまでも、肩の力が抜けてて、お洒落。その人にしかない唯一無二の雰囲気が。

 

佇まいも含め

ファッションには 生き方が出ますからね。

 

なんでこんな事を書いているかというと

美意識って、躾と深い関係があるんだなぁ。と最近お客さまと話しているからです。

 

人間だから皆 それぞれ違うんだけど

この人と何か合わないって、美意識が違う人だよね。って。

 

躾って漢字は 身を美しくする。って書きますからね。

 

例えば、食事中に食事以外のことをしてもOKで育ってきた人と(ゲームしたり、TV観たり、本読んだり)

食べ物に感謝しながら、会話もふくめた食事 で育って来た人って、

どちらが良い・悪いじゃなく やっぱり合わないのだと思います。

 

食事への姿勢って 一番出る。

 

また

一人暮らしをしたことない人と

したことある人も、やっぱり最後は合わないと思います。

 

私が一番めんどくさいのが

自分の子どもも 他人も同じくらい可愛いと思って可愛さを押し付けてくるバカ親。

親バカは全然良いんだけど。

 

バカ親多いよなぁ・・・・子どもは可愛いけど、親次第だぜ?って思います。

し、もっと言えば、子どもも心を持った1人の人間ですから、私は子どもが全員可愛いとは思わない。

赤ちゃんは全員可愛いけど。

子供かわいいー!とか言ってる人って、

子ども=キャラクター みたいに見ている気がして 私は違和感を覚えます。

 

バカ親は、人んちのペットと子どもほど、他人はそこまで興味ないという事を知ったほうが良いと思う。

 

私のサロンのお客さまに

昨年 ご出産されて 私はずっとベイビーと会えるのを楽しみにしていたので、

写真とか送ってくれないかなぁ。。。♪と楽しみに思っていたのですが、全く送ってこず、ノロケもせず笑

の人がいます。

 

ベイビーには会いたいけど、彼女はやっぱり良い躾を受けているんだなぁ!

こういうのカッコイイなぁ!私もこういう風になりたいなぁ!と惚れ惚れします。

でも年賀状で送ってくれて、私はメロメロになったのでした。女の子って可愛いねぇ♡

 

躾といえば、先ずは親の役目。


 

 

 

これは私の母が送ってくれた荷物の中に入っていた

母からの一筆。

最後のところが、立派な親だなぁ!と思うのですが。

 

自分で考える。それが1番後悔しない・・・と私は思います。

 

私は昔から

こういう風に自分で考えさせられるというか、自由というか、枠にはめられない育てられ方をしてきたのですが、、、、

 

 

 

そう言えば母は昔から

私に色々言う時も、こうしなさい。あーしなさい。とは言わず

『最後は自分が信じた道を生きなさい。』

と、決断の時は子ども扱いをしていなかったなぁ。。と、思い出しました。

 

お母さんはこう思う。

とか 言わないのです。

 

あくまでも

私 という一人称。

 

そう言えば

フランスの子育ての例えを思い出したのですが。

 

日本では子どもが転んで、大泣きしてたら親が駆け寄って慰める、らしいのですが

フランスでは『あなたはレディしょう。レディがそんなに泣きじゃくってみっともないと思わないの?自分で立ちなさい。』

と、手を課さないどころか、みっともない。と言われてしまうという。。。。

 

でも、言われた子どもは

自分で立ち上がって、自分でハンカチで涙を拭くそうです。

 

自立した女性が多い国

といえば、フランスのイメージですが、こういう事が関わっているのでしょうか。

 

何はともあれ、母親は全てお見通しですよね。

 

そう言えば、母も60歳過ぎていますがとてもスリムです。

お正月 何でだろう?と見ていたら自分で体幹リセットを毎日ヒーヒー言いながらやって

(私は酔っ払いなので、それを見て爆笑していました笑)

食事もちゃんと、コントロールしていました。

あと、すごく動く。

 

妹も含め、私が体型や食事に気を配るのが 当たり前になっているのは

母のこういう姿が、昔から無意識に入っていたからかなぁ。と感謝したのでした。

 

食事も含め

親が自分の管理をしっかり子どもに見せる、教える。というのも、立派な躾に入る。

と私は思うのです。

 

 

 

女性は年をとっていくと

・ちょっと

・そこのおばちゃん

・そこのおばちゃん

・すみません マダム

と、身なりで呼ばれ方が変わる。とあるマダムが言っていましたが

本当にそうだと思います。

 

ママ、

おばさんになっていいけど

おばちゃんだけにはならないでね。と

4歳の女の子に言われた。と、あるお母様が仰っていいて

私も全く同感。

 

純粋って すごいなぁ!と思いました。

 

今日からスタートです(^o^)♪♪