kaoriのコラム

 

アメリカのトランスジェンダーやデンマークでは、批判されまくりらしい

リリーのすべて>>を観賞してきました。

トランスジェンダーの先駆者で、おそらく世界で初めて性転換手術をしたと言われる

実在の人物を描いた映画。

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実際の夫婦は40歳過ぎの、髪も薄いおじさんだったらしく

映画は美男美女過ぎて、あまりにも商業的すぎる。

という理由でアメリカのトランスジェンダーの方々の批判の材料になっているのだそう。

 

デンマークでは、環境の違いがブーイングの対象になっているのだとか。

 

私は映画を あまり観ないのですが

昨年だったか、何かの映画、、、多分DIOR & I だったか・・・・の前に流れる

予告編で、リリーのすべて を知り、そこから気になっていたので、やっと観れたという感じです。

 

私は
・普通はこうだよ
・世間はこうだよ
・多数決ではこうだよ
 
と言う人間を、心の底から軽蔑しています。
 
こういう人間って、国のせいにしたり
人生のせいにしたりして、自分の意見を押し付けてくるからね。
 
でも こういう人間が大半いるお陰で、
自分の意見を言える人間は、叩かれることもあるだろうけど
人の希望になれたりして、人生を愉しめるんですよね。
 
馬鹿に天才はわからないし
天才に馬鹿はわからないもの。
 
日本人は、相手を論破するためにすぐ討論になる。
違う意見を言うと、人格を否定されたと思うような、本当に意見交換が下手な人が多い。
 
思いやりという暴力教育の賜物です。
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トランスジェンダー、性同一性障害、LTBGと、同じ人間なのになんだか名前までつけられて

普通の人ととは違う人たち と定義する社会に、私は批判まではいきませんが

何かしっくりこない、違和感を昔から感じています。

 

中学のころ、黄色い頭した男だか女だかわからないけど不思議な人を

大人たちは 【おかま】 と呼んでいました。

 

ある日何気にぼけーっと観ていたTVで

そのおかまと呼ばれる人は、記者の取材も無視して歩いていたのに、

『○○(亡くなった誰か)さんは、同性愛者だったということですが。。。』と記者が言った途端

 

ぴたりと足を止めて

『だからなんだと言うのです!!!人間が人間を愛して何が悪いんですかっ??!!!』

と、物凄い勢いで怒っている姿が

私の胸に突き刺さり、そこから男と女だけが正しい訳ではないと、気づき

おかま という 呼び方に嫌悪感を持ち始めたのはこの頃から。

これって 自分はまとも と思い込んでるまとも面する連中がつけた言葉だからね。

 

もちろん、この台詞を言ったのは、美輪明宏さんのことです。

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以前のコラムでも書いておりますが

私自身、20代初めのころ、あちらのアプローチで美しい西洋人女性とお付き合いもしておりましたし

(日本人女性は無理だし、美しい女性でも、部分的に満たされないことがあるから、今はもうなくなりました。)

 

19歳の美容師見習いのころ、自分なりに必死で頑張っていたのに

誰も褒めてくれない、誰もよく頑張っているね。の一言もくれないという、

若さゆえの甘ったれ根性があり、一歩心が緩むと泣いてしまいそうなほど精神的に辛かった時期がありました。

 

明日、ばっくれようかな、、と心がピークの日、

二丁目で働いているニューハーフのお客さまが、私のシャツにカラー剤が付いていて

(カラー剤が服に付くのは、下手な証拠)

 

シャンプー前に『パンツちゃん、頑張ってるのね。。』と。ポソっと言ってくださり

(パンツちゃんは、私のこと笑。、魅せパンツが流行っていた時だったため、こう呼ばれていました笑)

シャンプーしながら大泣きして、救われた気持ちになったり

 

22歳のころ、何故生きるのか? という壁にぶつかった時も

美輪明宏さんの本や唄に、励まされたり、学んだりと

 

人生の辛い時期には必ずと言っていいほど、そう呼ばれる人達に人たちに助けられてきました。

 

だからなのか、【まとも】と言われるように生まれたのに

何も考えず、自分の意見も言えず、自分をさらけ出せない、自分で考えない人間ばかりの世間体の意見こそ、

疑うべきだと今も変わらず思っていますし

 

感謝もせず、ぼーっと生きてる凡人たちこそが、何か変だと思っていました。

 

でも今は、世間というものはそういう人間が大半を占めて成り立っていているからこそ

人の目を気にせず、自分らしく生きる人や、勇気ある異端児たちは、物心ともに幸せになれるのだ。

と気づいたので、これで良いと思います。

 

自由=責任  ですからね。

凡人は、自由ばっかり主張して、責任をとろうとしないから苦しむのだ。

 

例えば

保育園落ちた死ね。 とか言ってる人たちがそう。

あれ、すごい賛同得てるようですが。

 

私に言わせれば、一人の人間を育てるということは、すごい責任で大変なことなのに

そんなことも分からず、後先考えず世間体に刷り込まれた価値観とSEXの快楽が優先して産んだんですか??

で、自分でどうしようも出来なくなったら国のせいにするんですか?

育てるって、自分で決めた道じゃないんですか??

だったら、他の道探したらどうですか???

 

国のせいにしている時点で、おかしくないですか??

歴史が始まってから政治が良かったことなんて、一度も無いってこと

歴史で学んで気づかなかったのですか??

 

保育園落ちた後のことを考えず、自分の希望通りに行かなければ国のせいにする貴女こそ

自己責任がない、無責任な人間だと私は思います。

 

と言うのが私の意見。

 

私でさえ、保育園って人手不足だから、落ちることもあるって知っているしな。

 

産んでない人には、わからない。と人のせいにする人間は言うだろうけど、

私は一人の人間を育てる責任を、今の自分は追う覚悟がないから産まない。という選択をしているしな。

 

なんとかなる。っていう人も居るけど、仕事だったらどうなろうが何とかなるけど

命を育てることに関しては、私はそういう考えになれない。

 

仮に産んでも、今の日本では絶対育てない。

 

それにあんな言葉遣いの親に育てられた子供、私が幼稚園側だったら絶対に入れないし

仮に自分に子供がいたとしたら、絶対に友達にならせない。

 

でも、その人が声を上げたことで、保育士さんの労働環境の実情が明るみになったことは

とても良かったことだと思いますし

保育士さんの労働環境が見直せられれば、保育園落ちた日本死ね の人は功績者になりますよね。

 

 

 

ってこういう意見は、かなり稀で、絶対に批判の対象になるのは

もうわかっているんですが。

 

でもこれを、美輪さんとか、マツコ・デラックスさんとかが言うと

何故か 批判されないんです。

 

『それは私が男だからよ。』って、昔 美輪さんが仰っていました。

 

普通じゃない人って、【まとも】な人達は最初から思っているから聞くのでしょうか。

これが女だったら、おそらく批判の対象になるのでしょうね。

 

 

IKKOさんもそうですね。

IKKOさんも、女性より女性らしい女性だと私は思いますが、TVではそうじゃないみたいですものね。

 

ちなみにIKKOさんと同じ業界で昔一緒に働いた方々に、

 

IKKOさんってどんな人だったんですか??

 

って聞くと、皆さん同じ意見。

『努力の人です。』

 

 

カッコイイですよね。

それからIKKOさん、特に興味はなかったけど好きになりました。

 

今日は 保育園落ちた死ね ネタで随分字数を使ってしまいましたが

 

何を言いたいかって言うと、これから書く

心と体が繋がれば免疫力がUPするというシリーズは、

 

脳と心の繋がりの関係で、トランスジェンダーの方たちのことも書くのですが、

リリーのすべて を観て 私たちのように脳と心が繋がって

身も心も女、男 と普通・まともと定義されて生きている人間こそ、

真実から目を背けて、自分らしく生きる事に怠け

当たり前に感謝をするどころか、頂いた性に磨きもかけず、その上に胡坐をかいて生きているのではないか???

 

という疑問を、自戒も込めて先に述べさせて頂きました。

 

命を懸けてでも、自分らしく生きたリリー 。

私はその姿に涙が止まりませんでした。

 

そして、自分の性に胡坐をかいている自分がとても恥ずかしくなりました。

本当に情けなくなりました。

 

女になりたくて、苦しむ人がいるという事実。

私たちはそういう人たちから見ると、女であることに努力もせず本当に腹だ立たしい醜い女なのかもしれません。

 

それに

マツコさんが、女子アナが大嫌いなのも何だかわかった気がします。

 

でもマツコさんが尊敬する人は、NHKアナウンサーの かがみさんや

土井たかこさんと言った、キリリとした全員女性なんですよ。

 

人一倍 女性にはリスペクトの気持ちがある方なのだと思います。

だからこそ、女子アナとか、女だけを売りにして、中身がない雌が大嫌いなのでしょうか。