kaoriのコラム

「私が個性の大事さに、ここまでこだわる訳 ①」

 

高校生の頃、
モデルもやるような校内で一番可愛いと言われるNちゃんと
いつも一緒に居た私。
(しかも県で最大の私立だったから、その辺の可愛いじゃなくて本当に目立つ可愛い子。)


もちろん周りは
私じゃなくて、彼女にしか話しかけない訳です。

私は ついで なので、
『あ、いたの?っていうか誰?』という感じでしょうか。

 

 

思春期の私は
自分も可愛いと言われたくて、モテたくて、
流行の雑誌を読み、その時のお小遣いを使いながら、
一生懸命雑誌のモデルや、その可愛い女の子の真似をする訳です。

 

 

そして、別に面白くもない会話でも、
気に入られたいから作り笑いをし、
愛想を振りまきながら、
その可愛い子を通して、それなりにそれなりのうっすい友達は出来ました。

 

 

でも、流行を追えば追うほど、Nちゃんの真似をすればするほど、
どんどん心は苦しくなっていったのを今でも鮮明に覚えています。

 

その時は何故苦しいのかわかりませんでしたが
今なら「自分を見失っていたから。」と、わかります。

 

 

毎日鏡を見ても、自分の欠点しか見えない。

Nちゃんと比べて
私は脚が太い
脚が短い
目が細い
鼻が低い
髪の毛が硬い
洋服もNちゃんみたいに持っていない。

 

 

学校に行っても、
誰も可愛いと言ってくれない、言われない。

可愛いいと言われたいから、可愛いと言われているNちゃんの真似をする、
皆がやっているから、私もそれをやる。。。

そんな想いだけで
何も熱中するものがなく、
他人軸で過ごす高校生活が半年を過ぎた頃

 

 

『何かもう つまんねーなっ!!!』

 

 

と何かが切れて
女子バレーボール部に入部。

 

目的もなく

ただ流行を追い、中身の無い会話をしながら

毎日を過ごすことに、もう飽きてしまいました。

 

女子バレーボール部は、オリンピックで金メダルをとった
東洋の魔女のキャプテンだった人が監督を務める部でした。

 

 

入ったら最後。
そこはまるで軍隊でした。

 

そこでは金メダルレベルの礼状の書き方、
目上の方への言葉遣い、気配り、気迫、今は死語となりつつある根性など
社会で必要とされることは、全部ここで叩き込まれました。

 

覚えることが沢山あり過ぎて
モテとか、男子とどうこうとか、そんな事を言ってる暇はありません。

 

因みに
私が今 生意気なのは、絶っ対にここの軍隊の反動。笑

 

 

でも、一生ものの財産も沢山得ました。
1つは、家族も驚くこの執念にも似た粘り強さ。

 

私がどんな状況でも、絶対に諦めない
生きる事、生き抜く事への執念にも似た情熱は
東洋の魔女の教育のお陰です。

 

そして部活内は、
化粧や染毛、男女交際は禁止。

 

私も、他人軸で伸ばしていた髪をベリーショートにし、
可愛いと言われるために染めていた髪を、(誰からも言われなかったけどなっ!)
黒光りする烏の羽のように染め、化粧も止めました。

 

人の目を気にして生きるのに疲れていたので、
『これでもう化粧したりしなくて良い言い訳が出来た、、』
と、ほっとしたのを覚えています。

 

そこからは、ひたすら部活に没頭する毎日。

人間不思議なもので、
没頭するものが出来ると、なんかもう人の目とか、どうでも良くなるです。

 

部活以外では、相変わらずその校内1番可愛い子といました。
相変わらず、彼女は人気者でした。

 

でも、私は
没頭するものを見つけたことで
流行を追うのを止めました。

 

止めたというよりも、
自分が必要とされる場所を見つけたので、
流行を追ってまで、自分の価値を上げようとは思わなくなっていました。

 

 

流行は、自分を見失う。

 

 

と、私は流行を追うのを止めて、悟りました。

 

②に続きます。