kaoriのコラム

3月11日は、東日本大震災が起きた日。

七年前のこの日、私は開業して3ヶ月の頃でしょうか。

 

この日だけ、こぞってメディアが3.11と言い始めますね。

【支援は流行じゃない。】は、ずっと支援活動をされている会長の言葉です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は震災が自己内観を始める大きなきっかとなりました。

 

当時の震災後は、もちろん新規のお客さまなんていらっしゃいません。

私も、お店を閉めようと思っていましたが、あることを境に

もう少し頑張ってみよう。と思い、今があります。詳細は後述します。

 

私はこの日を境に、自問自答が始まり

綺麗事 を、一切止め、今のスタイルになっています。

 


 

先日、私が心からお慕いしている宗像さん>>

が、学生向けにされている講義を、

エステティシャン養成講座の受講生の1人と一緒に受講させて頂きました。

 

 

 

写真はその時のパネルの一つ。

義は利の本なり。

 

これって、本当に色々学ばれている方は

人のためにやったことは、自分に返ってくる。とかいう上っ面な言葉ではなく

もっと深い意味を持つ。ということがお分かりになると思います。

 

私は以前、こういう記事を書いています。

人の為という違和感。~それを建前に、自分の承認欲求を埋めるために人を利用していない??2018年3月2日>>

 

私は

人の為人の為と言ってる連中の殆どに、

背景にはお金や自分の地位名誉、称賛を欲しがっているのが視えます。

 

困っている人を助けたいとか、その1番の例。

そう言っている人が、困っている人を創り出している張本人だと、言っています。

 

結局こういう人間は、自分が自分自身をちゃんとわかっておらず

自分の承認欲求や、引け目を埋めたいだけなのです。

所詮は綺麗事。

 

もちろん、偽善でもなんでも、

人の為にやり、結果それで人様が喜ばれることは良いことなのかもしれませんが

自分を満たせない人間が、人の為に色々やっても

最終的に相手をコントロールしたがっていたり、押し付けていたり

【やってあげた】と、魂胆では見返りを求めているので、トラブルになることが多く

それが、ちーがーうーだーろー!違うだろ!!と言っているのです。

 

 

こういう人って、美しくないんですよ、佇まいも。

人を助けるなんて、何様だ?と、私は聞きたい。

 

 

しかし、宗像さんの講義を聴くと

私も人様のために、何かやらせて頂きたい。と、内側から奉仕の精神が湧いてくるのです。

 

 

でも、ビジネスの第一線で、ずっとTOPできた宗像さんの講義は、綺麗事は一切なし。

 

本質を突かれるので、いい意味で、全て見抜かれます。

だから、私にとって宗像さんの講義は、心を正す場所、点検。する場所なのです。

私は未だに、いい意味で緊張します。

 

宗像さんは、

人の為

とか

救う

とか

助ける

と言った単語は、一切使われません。

 

だけど、

私も人様のために、何かやらせて頂きたい。と 思う。のではなく

心の底から湧いてくるのです。

 

私は宗像さんに、聴いてみました。

 

『宗像さん、私は世の中の人の為人の為と言っている多くの連中の背景には、

お金のため、知名度のため、自分が救われたい。という魂胆が視えてしまい、

そういう連中には、本当に疲れ切ってしまいました。

でも宗像さんの講義は、いつ聴いても、それがない。

世の中のお役にたちたい。などと、宗像さんは言葉では仰らないですが

そう本気で思われていることが、伝わり、私も感化され、何か世の中に出来ることはないか?といつも湧き上がります。

この違いは何なのでしょうか??』

 

宗像さんの答えは、とっても深いもので、言語で説明出来るものではありませんでした。

 

一言で言うと、

本物を学ばないと、中々難しい。

ということでしょうか。

 

じゃあ本物の定義は?

ということになりますが、これは言葉だけでは色々誤解を生む可能性があるので

書くのは止めておきます。

 

 

 

私は震災の時に思いました。

 

美容って、なんて無力なんだ。

なんて上っ面な仕事を私はやっているのだ。。。と。

 

 

しかし当時は、手当 として被災地へメンタルのケアも含めて

マッサージに行っているエステティシャンの先輩や、そういうマッサージの団体もいました。

もちろん実費。

 

私はこの時、開業したてで、運転資金も既に底を尽き

自分自身もままならない状態でしたから、行くことは出来ませんでした。

というか、本当に行きたければ、どんな手を使っても行っていたと思うのです。

 

それを行かない、という選択をしたのは自分。

お金がなかったは、ただの言いわけなのです。

 

ボランティアって、お金がないと出来ないんだな。

この仕事で稼げていない私は、世の中に必要とされていないんだな。

 

と、思っていたように思います。

完全に、視野が狭くなり、自分のことしか考えていない輩でした。

 

 

このままサロンをやっていく自信もありませんでしたので、お店を辞めようと思っていましたが

清水会長が、サロン様を元気に!ということで

小林照子先生を招いての講演会を、開催してくださったのです。

 

(因みに、寄付やボランティアは、お金があるから出来る、出来ないではないです。

私はこの後くらいから、どんなに売上が少なくても、売上の3分の1は、猫のために寄付をする。

決め

私は自分のために、寄付をさせて頂いています。)


 

 

 

 

 

 

 

 

講演会の時の、小林照子先生の一言が、

もう一回頑張ってみよう!と、私を奮起させてくださったのです。

 

マッサージは、愛する行為なのですよ。

あなた方は、とても素晴らしい仕事をされているのです。そんなあなた方が元気がなくてどうするの?!

自信を持って、お客さまを元気に美しく・・・・みたいなことを仰ったのですが

私は何だか照子先生の言葉が魂に響いてしまって、その日の他のことは全く覚えていません。

 

その後から、

私はエステティックというものに、徹底的に向き合ってきたきたつもりです。

 

まず、私はお悩みを解決するとか

肩こりを改善する、不調を改善する。という集客方法にとても疑問をもちました。

 

だってそういうやり方でやってしまうと

私達は、 不調の人=困っている人たちがいるから成り立っている仕事。になりますよね??

 

不調の人が居なくなったら、どうするの?

お客さまが不調だからこそ、私はご飯を食べていけるのだから

お客さまには不調で居続けて頂けなければならないのでは・・・???

それに

日本のエステティックはコンプレックス産業です。

痩せる、脱毛などど言って、相手のコンプレッすくを突いてお金を頂く。。。

 

私はそんなやり方で得たお金で、人生を生きたくない!

 

もっと喜びや豊かさを目的とした仕事をしたいし、そういう収入が良い!!

何故なら

本来美容というものは、もっと豊かなもので、夢があるもの。

高校時代、外見や自分の存在意義に悩む私とって、

美容は自分を励ますものでした。

 

そんな美容を、夢のないものにしたくない!!!

 

だから私は

健康と美容を明確に分けています。

 

ですが、現代は豊かになりすぎて、心が貧しい人が増えた。

そして健康を害するものが、周りに沢山ありすぎて

本当に健康な人。が少なくなっているのです。

 

美は、健康の最も崇高なもので、健康の先にあるもの。

 

健康じゃない人に、美容を施すことは、本質の改善に繋がらない。

きちんとした美容を知って頂くために

新規様のコースは期間を決めて、美容を受けていただくための準備・改善期間にする。

という設定にしています。

 

現に昔

会員様のチケット20万という、当サロンで1番安くて、コースでもなく、

健康な会員様と同じチケット条件の、優しい条件で募集をした時に来た人は、

リスクよりも安さでお越しになった方ですから

美意識以前に、健康の基盤がなっていない人でしたので、来たり来なかったり

依存心が高かったりで、美容に行く以前に、健康面に全く進化はありませんでした。

その頃の方は、既に返金し、退会して頂いています。

 

しかし、未だにずっとお通い頂いているお客さまは

当初はコースでお越し頂いた方です。

(当サロンは金額だけ見ると高いですが、お客さまは安いと言ってくださいますし、

私も17年のキャリアで この金額は妥当だと思っています。要は価値の問題ですよね。)

 

そういう方は、

コースの期間で、しっかりお通いくださり、お伝えしたこともきちんとやってくださったので

心身の健康の基盤をしっかり取り戻されました。

現在は健康だからこそ、

月に1回や、2ヶ月に1回のペースで、美容目的でお越しくださっています。

 

因みに当サロンの会員様のチケットは、

普通の高級エステティックサロンより、安いです。


 

今日という日は

東日本大震災で犠牲者になられた方が

生きたかった未来かもしれません。

 

もっと時間を巻き戻すと

戦争という時代で、亡くなられた方々が生きたかった未来かもしれません。

震災だけに留まらず

生きたいのに生きれなかった方々が、生きたかった未来かもしれません。

 

私は震災をきっかけに、徹底的に自分の仕事と向き合ってきました。

今もそれは継続中です。

 

犠牲になられた皆さまが、天国で喜んで頂ける生き方って、何なのだろう??

私は常に考えています。

 

人が喜ぶことを、、、、と言いますが

じゃあ

周りが幸せでも、世界にたった1人しかいない自分自神が、幸せじゃない生き方でも良いのでしょうか?

 

自分自神が幸せで、周りが不幸でも良いのでしょうか??

↑この場合の貴女は、人に上下を設け、人を見下す思考を持っている可能性があります。

人を助けたいとか言っている連中は、こういうパターンが多い。

 

私は

本当に幸せな人というのは、自分も自分の周りも、幸せな人達だと思うのです。

 

じゃあ、周りの人が喜ぶ生き方って何なのでしょう?

 

それは、貴女が貴女らしく生きていることなのではないのでしょうか??

人間は、自分を思い切り表現するために、この世に来ているそうです。

 

私は自分自身が調子が悪い時は、お客さまも調子が悪く

自分自身が絶好調な時は、お客さまも絶好調という方程式があります。

 

周りは鏡なので、当たり前の話なのですが。

 

なので

私は家族やお客さまが、いつも幸せで居るためにも

先ずは私が、私自神の幸せを、追求しているのです。

 

そしてそれは、そのまま自分=周りの人 の幸せや成長に繋がり

繁栄につながっていくのだと、私は思っています。

 

自分の世界では、自分が1番幸せじゃないと

自分の世界は、いつまで経っても幸せにはならない。

 

これはもう、科学でも言われていることなのです。

 

自分の幸せが、周りの幸せに繋がっているのです。

 

自分の人生で、大事な物ベスト5は?

自分の幸せは?

自分の好きは?

自分の嫌いは?

 

こういう細かい質問に、即答できる方は

今は本当い少ないのです。

 

それって、自分を知らず、周りの顔色ばかり

自分の頭で考えることをせず

誰かの価値観で生きてきた人たちは、皆そうなのです。

 

 

本当の幸せは、

徹底的な自己内観

自己対話なくして、感じることは不可能だと私は思います。

 

自分の周りの方々の幸せのためにも

私は、自分の幸せに気づくことに、全力をつくして生きていこうと思うのです。