Column 

執着を手放すことを学ぶには、あなたが日頃やっていることを、しっかりやりぬかなければなりません。

闘いたいだけ、人生と闘うといいでしょう。

人生をコントロールし、河の流れを変え、出来る限り自己中心的、野心的頑固でありなさい。

運命と闘いなさい。

どんなことにも、気が済むまで、しがみつきなさい

すくなくても、運命がもうたくさんだとあなたから逃げていくまでは。

これがプロセス志向心理学的な学びです。

人生の各段階、それが現れるがままに受け入れ、それを生き抜きなさい。

すると、自分でもしらないうちに、いつの間にかゴールにたどり着いているでしょう。

アーノルド・ミンデル 『後ろ向きに馬に乗る』より

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私たちは、小さいころから

大きくなったら何になりたい?

とか

将来のことも考えてどうたらかんたら

とか

そういう教育しか、されてきていないような気がする。

だから、

ここに

100%

で生きる。

って言われても、多くの人が、

今を生きるってどういうこと?

と、本来の生き方を忘れてしまっている。

今を生きるって、皆小さいころは出来ていた。

この瞬間に、五感を全部集中させる。ってこと。

湯船のお水が肌を包み込んでくれる感触は?

シャワーが体を流れる感覚は?

口から頂く食べ物の舌触り、鼻を抜けるときの香りは?

多くの人が、仕事のこととか、明日のこととか考えて

今 ここに 100%じゃないでしょ。笑

覚者たちは、全員が

今 ここ に生きる。

って言ってるよね。

私は今年、過去も未来も全部捨てて

運命と闘い抜いたけど、お釈迦さんの言っていることが

頭だけじゃなくて、体で少し、ほんの少しだけ わかるようになったよ。

今までは、立派な人にならなければならない。とか

人のお役に立たなければならない。

とか、そういう教えによって、

自分を大きく見せたりしてたけど

そういうのも捨てて、

徹底的に自分自身を生き抜いてやった。

その結果、体得したことは

眠ってる人間(思考で生きてる人間)の話なんか、

一切聞く必要がないってこと。

その上辺の道徳観が、人の輝きを奪っている。ということ。

耳を傾けるべきは、内なる自分の声。

そして、覚者の声だけで良い。(覚者って、社会的地位とか全く関係ないよ。自然と一体となって生きている人とかに多いかな。都会の人は自然から離れているから、刺激に走るんだよ。)

私、今までは

お釈迦さんが何ですごいの?お釈迦さんもキリストも、生前は誰も悟らせてないんでしょ?お釈迦さんだから偉いとか、凄いとか、誰が決めたの?

とか、言ってたんだけど。笑

自分でやりきってみたら、なんかわかったよ。

だってお釈迦さんだって 、ものすごくざっくり言うと

女に溺れ、酒におぼれ、我欲に溺れたこともあれば

苦行しまくって死にそうになったこともあるんでしょ。

釈迦苦行増

それで結果 中庸 を悟ったって話だけど・・・・・

マジで相当極端なんですけど。笑

私も0か100かの人間だけど、

ここまで極端には出来ないわ・・・ 笑

ここまでやりきる!振り切る!ってところが、

お釈迦さんの凄いところなんだろうね・・・・。

何が言いたいかって言うと

やり切った事のない人の話に、真実なんてないってこと。

孤独を知らない人間に、愛なんてわかるわけないし。(孤独を嫌がる人が多いっていうけど、、、、孤独を知らない人はバカだと私は思ってる。孤独は人を聡明にするよ。)

お金で困り切ったことがない人間に、お金の本当の有難みはわからない。

人間の本当の闇を知らない人間に、人間の本当の光はわからない。

みじめな思いをしたことない人に、人の本当の優しさなんて、わからない。

ごちゃごちゃ中途半端に

まだ見ぬ未来に悩む暇と労力があるくらいなら

徹底的に 今 にしがみついてみれば?

ってこと。

怖れの感情があるなら、そこに徹底的にしがみつく。

怒りの感情があれば、もう徹底的にその怒りにしがみついてみる。

執着があるなら、徹底的に執着してやるぜ!ぐらいの気合をもつ。

私の話を出すと

私はここ数週間、本当に今までのように働きたくなかった。

かといって、新しいアイディアも全く浮かんでこない。

行動している方が楽な私にとって、行動しない。って苦痛でしかなかったんだけど、どうしても体が動かない。

でも支払いは?あれは?これは?これもどうすんの?

うわぁぁぁぁと、思考(防衛本能)が寄ってくる。

今までのやり方で動けば 200万くらいはすぐ作れるんだけど、

それはもうやりたくなかった。

それをやっても、過去の延長でしかないし、結果はわかっている。

なにより、体が動かない。

ここで目先の安心のために、

自分の本音を無視して強硬手段で動いたとしても

自分の本音を無視した代償で

必ず大きな問題となって、後からしっぺ返しが来るのは今年学んだばかり。

やりたくない!

今はこの気持ちを大切にしようと決断した。

その後分かった事なんだけど。。。。。

今まで私は

こうやって、怖れを元に動いてきたんだなあ・・・・ってこと。

これは今年、自分の無価値観を手放したから はっきり分かった事。

自分への罪悪感、無価値観を無意識で持っていた私は

義務感や責任感を自分に背負わせて、

怖れを感じないように、

とりあえず動く、行動することで、

怖れ という自分から湧き出る感情を無視して無かったことにしていた。

自分の弱さを認めたくないから、体力を消費する【安易な頑張り】に逃げていたんだなってことがわかった。

もう、こういう頑張りは、私のこれからの人生には要らない。

頑張るなら、好きなことの為に ワクワクしてどんどんエネルギーが湧き出るような頑張りをする。

結果に執着しているときって、思い切りやってないとき。

エネルギーが漏電している状態だ。

だからすごく疲れる。

反対に

結果に執着していない時って、エネルギーが無限に湧き出るよね。

なぜなら、今に集中して、思い切りやってるから。

結果しか気にしないってさ

小説の最後しか読まないってことでしょ?

それってつまらないよね。笑

1ページ、1ページが面白ければ

ラストなんか気にならないし、楽しみながら

いつの間にか、、、気づいたらラストだったって人生が私は理想。

豊かな人生には、プロセス志向心理学の考え方は

とてもおすすめです。

私も今年は一番きつかったけど

一番 命が喜んだ1年になりました。

だって、これほどまでに命張って生きたこと、なかったから!!

やっと本番!って感じ。

だから準備期間だった過去のコラムは、消しました。

準備が整ったから。

前後裁断。

今に生きる(^^)/