Column 

 

やっぱりデヴィット・ボウイはカッコイイ。

2番目の奥さんも、相当美しい女性よね。

私、見惚れたもん。

 

こうやって改めて観ると、

デヴィット・ボウイはやっぱり最先端を行っていた人なんだなぁ

というのが身に染みる。

2:22~の破壊力も凄いけど😂😂😂😂

 

 

 

前回の続きです>>

 

山口小夜子さんの

『小夜子の魅力学』に、こんな一節があった。

 

”鏡に向かって髪を梳いているとき、ふっと小さいころのことを想い出すことがあります。”

 

私もメイクをしながら昔を思い出すことってあるかなぁ・・・?

と、振り返ってみる。

 

これを読まれている方も

鏡に向かって自分を見ている時、

ふと昔を想い出すことはありますか??

 

私は、物凄く無意識でやっていたことなのですが

丁寧に見つめ直してみたところ

1つ、ありました。

 

それは、

アイライナーを入れる時。

 

Photo by Aoi Yano>>

 

私・・・・

アイライナーの入れ方って、

テクニックは細かくは変わっているのだけど

アイライナーを引くときの気持ち

高校生の頃から、基本的に変わっていないことに気づいた。

 

 

 

高校生の頃から

アイライナーを入れる時、

『頑張れ、私!』

って、無意識に言ってたわ・・・・(・o・)

※ちなみに、アイライナーは魔除け。と言うIKKOさんの名言がある。

 

私にとっての美容とは

楽しむもの。とか 好き。というよりも、

自分を励ますものだったのですが、

この観念は、高校生の頃に生まれたと思います。

 

美容、、というか

メイクを本格的に始めたのは、高校生の頃。

 

小中学校が嫌だった私は

念願の私立高校に早々と、

そして軽々と合格し、誰も知っている人がいない新たな高校Lifeに、

夢をいっぱい抱えていました。

 

ですが。。。

実際に蓋を開けてみると。。。

 

何故か

小学校の頃から可愛いと噂が立つほどの可愛子ちゃん

N子ちゃんと、同じクラスに。。。。

 

私は一人で居たかったのだけど

やっぱり自然とN子ちゃんと一緒に居るようになるわな。

 

N子ちゃんは、冗談抜きでマジで可愛かった。

県で噂が立つくらいで、よく読者モデルにもなっていた。

 

スタイルも細くてねぇ・・・!!

高校生ころの頃なんて、

ラインとかなんとかニュアンス的なものより

細いか?太いか?だけじゃない?

細ければ良い。みたいな。

 

N子ちゃんの脚の太さが、私の腕。みたいな感じで

昔の上原さくらみたいな、本当のモデルさんのようでした。

 

しかも気取らない性格で、面白い。

いつも稲中卓球部をネタにして、大笑いしていました。

 

前提として

私はN子ちゃんのこと、好きでした。

高校生3年間 同じクラスで、一番一緒に居た人だし

最後まで仲良かった。

 

そして当然、、、

私はN子ちゃんの引き立て役です。

 

N子ちゃん⇒ぱっちり二重

私⇒思春期特有の腫れぼったい奥二重と顔。

 

N子ちゃん⇒栗色のロングヘア。ぱっつん前髪。

私⇒真っ黒の剛毛

 

N子ちゃん⇒とにかく細い!

私⇒中学の頃、部活に明け暮れ脚だけ異様に太く・・・・

 

N子ちゃん⇒色白

私⇒もっと色白

 

皆、私なんか無視で

N子ちゃんに声をかけます。

私はその後ろで、

本当は傷ついているのですが

それがバレないよう、愛想笑いを浮かべます。

↑思春期あるある。

 

これさ、思春期なわけですよ笑。

 

我ながら、中々ヘヴィーな脚本書いてきたな。

と、今ならわかるのだけど。。笑

 

多分、このときの傷というかトラウマは

色々開放してきたので、思考には残っていないけど、

言葉にならない感性の部分で

まだ残っていると思うのです。

 

どういうところでわかるか?というと

私って、自分の写真を観ると、粗探ししかしないのだ。

 

可愛いね、綺麗だね、美人だね。と言われても

ふ~ん。。。と、どこか他人事。

 

人の良いところはどんどん見つけるのに

自分のことになると一転する私の姿に、

矢野ちゃんが強烈に引いていて

 

やっぱり思春期の観念は、根深いなぁ・・・・💨

と気づきました。

 

これはもう、長い付き合いになると思うし

こういう事があったので、美容のプロになり

今は美を探求出来ているのだと思います。

 

私にとって生=美だから。

 

思春期に話を戻すと。

 

私は、中学の頃は部活に明け暮れていたので

高校ライフは、部活はしない!と決めていました。

 

だから、学校が終わると

皆でプリクラを撮りにいったり、遊びに行ったりしていました。

 

今、振り返ると

暇だったんだな、と思うのですが

 

皆がN子ちゃんばかり可愛い可愛いと言うので

私は自分の外見を、一生懸命N子ちゃんに近づけるよう

TVや雑誌を見て

N子ちゃんの真似をしていました。

髪を染めたり、アイプチで二重にしたり、

脚が細くなるよう、お小遣いためて機械買ったり。

(脚痩せ系で効果があった機械なんて、1つもねーぞ😂!

良いか?!脚痩せは結局身体の使い方と食事、温活だ!騙されるな!)

 

皆に可愛いと言われるために、一生懸命でした。

 

それでもあだ名は

まるちゃん。😂

ちびまる子ちゃんみたいということで。

 

だから、10代の方たちが

自分じゃない誰かになろう。と一生懸命になる気持ちは、

こう見えて 痛いほどよくわかるのです。

だけど、そこは多くの人が通る道じゃないのかなぁ??

 

当時の私は

真似をすればするほど

ナゼダカ心は、どんどん苦しくなっていくような感じがしたのを

今でも覚えています。

 

これを、虚無感。というのだと思うのですが。

 

そして入学して半年経った頃

もう遊んだり、外見ばかり気にするのに飽きてしまい。

 

暇だな・・・

と。

 

やっぱり私は、何かに打ち込みたい。と

そこから部活を始めました。

 

東洋の魔女が監督の、軍隊のような部活。笑

この時の経験は、人生の財産と胸を張って言えるけど、

今なら絶対、体罰だぜ。😂

 

 

軍隊のような部活を始めると

もうTVを見たり、雑誌を見たりする時間はありません。

 

しかも、部活の規則として

メイク、ヘアカラー、男女交際禁止😂

 

上下関係も信じられないほど厳しく(話すと皆爆笑する。)

監督はめちゃくちゃ恐い😨

 

外見を気にして、チャラチャラしている暇はありません。

 

そしてこの頃に

冨永愛ちゃんが、

ルーズソックスでVOGEに掲載されたんだな 確か。

 

凄く衝撃でした。

 

だって、

世界で活躍しているモデルは

今まで見ていた日本だけでしか通用しないモデルと違って

目が一重だし、可愛い、、、ではないし

しかも、態度はぶりっ子ではなく、超生意気。

 

世界に通用するモデルさんは

可愛いではなく、日本人顔なんだぁ・・・・・

 

日本だけより、世界に通用する人のほうが

断然カッコイイ!!!し、私も日本人の顔だ!!

よし!私はこっちを目指そう!!!!

 

と、ここをきっかけに

世界に通用する日本人を意識し始めました。

 

世界に通用する綺麗は、私のような日本人顔なんだ!

と。😂

 

今となっては、もちろん顔だけじゃなくて

その人の努力とか、内に秘めるものとか

元々持って生まれた華とか

肉体から滲み出る魅力だいうのもわかるのですが。

 

当時の冨永愛ちゃんには、本当に励まされたな。

THE!日本人顔!じゃない。

 

そこから

人に可愛い。と言われるために伸ばしていました髪も

バッサリベリーショートに。

 

そしてカラスの濡羽のように

黒光りするほど真っ黒に、髪を染めました。

 

人と同じにしているから、比べられるんだ。

比べられるから苦しいんだ。

だから、私は人と違うことをしよう。

 

流行は、自分を見失う。

自分の持って生まれた素材を見極めて、それを活かせばいいんだ!

 

私のアイディンティティは、ここからだと思います。

 

人と違うことをしよう。という時点で

まだまだ

人目を気にして、自分の立ち回りを決めているのですが。

 

でも、

自分の容姿を好きになれない人って

心の方とか、スピリチュアルな方ばかりに逃避し

外見から逃げている人が多い印象がある。

 

こういう人に限って、身体が冷えていたり

色々病気したり、肌荒れしていたり

人は外見じゃないとか言って

自分が綺麗になることに拗ねていたり

美人に嫉妬したり、勝手に比べて落ち込んでいる傾向が高い気がする。

 

それが良い悪いではなく

私は自分の外見と、徹底的に闘い、向き合ってきたから思うのだと思う。

 

 

アイデンティティが生まれたからと言って

当時好きだった人と片思いが実るわけでもないし、

断然N子ちゃんばかりが持て囃されます。

 

それでも私は、以前のように

虚無感を感じることは、もうありませんでしたし

なにか、とても吹っ切れたのを覚えています。

 

打ち込めるものがあったのも、大きいと思います。

そのお陰で、高校ライフがより楽しいものとなりました。

 

しばらく立って、数名の男子たちに

『顔はN子ちゃんが良いけど、性格はまるちゃん(私)が良い。』

と、言われることも増えました。

 

当時ファンだった清春も

『人間は、ハートが大事だ』と言っていたので

性格が良いと言われたのは、当時は嬉しかったけど

今思うと、

ものっ凄い過酷な言葉よね😂!!

 

こんな感じで、

当時の私は、世界で活躍する冨永愛ちゃんを励みに

メイクをするたびに

『頑張れ私、負けるな私!』

と心の中で唱えながら

腫れぼったい奥二重の目が、より活きるアイライナーを

日々研究しながら引き、幼稚な可愛いを封印。

 

(小夜子さんを知ったのは、東京に来てから。

小夜子さんと愛さんは、スーパーモデルということで比べる人もいるけれど、

小夜子さんはアーティスト、愛さんはモデル。全く違うお二人だと思うよ。)

 

上記に書いた

他人軸からくる個性の形成は、34歳位まで続きました。

 

今は、

私は私。

と、やっとナチュラルに思えるようになりました。

が、

 

未だに

アイライナーを引くときは

『頑張れ、私!』と無意識で言っていることに驚きました。

 

これは、過去の私から

今の私へのエールだと思うので、一生続けようと思います(^o^)

 

こうやって、

改めて自分を振り返ると

人に恥じても良いから

あの頃の自分の努力を台無しにしない、自分に恥じない生き方をしよう。

と、思うのです。

 

長くなりましたが

私が、

安易に自分を放棄したり、自己否定したり

ブスや肥満に甘えている人が大嫌いなのは、

こういう過去からくるもの。

※結局人の評価なんて、こうやって過去の観念からくるものだから、人の言うことは当てにしないほうが良い。

 

そういう人は、ただ甘えているだけ。

諦めるのって、一番ラクだし。

 

自分をけなしたり

自分の個性を放棄するのは

藻掻いてでも

自分を好きになる努力をしてからやれやっ( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーン

って、コンプレックスの塊だった私は思うのです。

 

 

全ては自分の内面から。

でもその内面の自分が、自分の外見を嫌いだったら

本当の意味で、

内面を磨いているとは言えないと私は思う。

 

それでも、どうしても躊躇がある人は

絶対に見返りを求めない。

絶対に愚痴を言わない。

を約束に

自分のことを考える時間もないくらい、

人様に奉仕する人生を生きると良いと思う。

 

気づいたときには

多くの人から あなたは美しい人だ。

と、言われるようになっているよ。

 

私は、そんなハイスペックで高尚な生き方は

当分出来ないから、

外見だ内面だと言って、人間であることを愉しんでいる。