Column 

今日の記事は、前世とか過去世とか、

そういうものに興味がある方だけご笑覧頂ければと思います。

ご興味ない方、唯物論者は、スルーしてください。

 

 

前世を知りたがる人がいるけど

前世を知ったところでどうしたいのだろうか??

 

私は、前世はあると思いますが

前世に囚われた生き方は、地に足が着いていない生き方だと思います。

 

あくまでも、あるのは

だけですから。

 

前世に気をとらわれ

今を生きていないというのは、なんと勿体ないことだろう。

 

だけど、肉体を着て生きていると

時々、言葉ではどうしても説明がつかないような事が起きたりもするものだ。

今回の私のARTは身体表現。

テーマは死。

作品を説明的にしたくないので、説明は無し。

 

 

誕生=死

死=誕生

 

死とは、生の一部。

 

誤解を恐れずに言うと

私は、魂視点で視ると

死はポジティブなことだと思っている。

もちろん肉体的なお別れは悲しいけど。

 

破壊の後に創造が起きるように

死と生は表裏一体。

 

私達の細胞だって、毎日死んで、毎日生まれ変わっている。

 

だけど人間は、

自分は死なない。

と、心のどこかで思っている生き物なのだそうだ。

自分だけは、死なない。。。とね。

 

私はいつからかは忘れたが、死を意識して生きている。

 

何故なら、死をしっかり受け止めることで

生が際立つからね。

 

そして

お葬式の、黒と金の色合わせとか

死者への感謝の気持ちというか、

そこに日本人独特の死生観の美学を感じる。

ヘアメイクや舞、空間、衣装、音楽など全て自分で創るのですが

一年前から私に多くの刺激や気付きを与えてくれ

共に成長してきたプロのカメラマンのみどりさんが、

私の世界観に感動してくれて、沢山の写真を撮ってくれました。

 

 

私、カメラってあんまり興味なかった。

カメラより、生で観たほうがエネルギーが高いでしょ。

 

でも

写真も技術者次第で大きく変わるのだなということを、再実感。

 

生は生でいい部分が沢山あるけれど

写真には、写真の世界があるのだな。と、今回新たな気づきを得た。

で、ここから本当のことだけど、変なこと書きますよ。

 

私、本当はこんな感じにするつもりはなく

当初は、花魁風のメイクでやるつもりだったのです。

 

日本女性の妖しさや、女のズルさを表現したかったのと

私、前世で何度も花魁やっていたから。

(私だけじゃなくても、花魁・・・というか、女郎の過去世を生きた人は多いと思うけどね。)

 

パフォーマンスとしても、華やかに、綺羅びやかに見せるほうが

万人ウケするし、そこまで哲学も要らないし、

極限まで感覚を研ぎ澄ませ無くていいから 楽でしょ?

最初はこんな感じだったのだけど

自分と向き合えば向き合うほど、違うのです。

 

 

衣装も、艶やかにする予定だったのですが

白装束に変更。

 

無我・・・・・【私】なんてどこにも存在しない。

そういう生き方が出来たら、どれだけ楽だろうか。

 

古い 私 を葬ろう。

ついでにここに居る皆の古い観念も一緒に、私が葬ろう。

そう思いました。

仏教では、無我と無我の境地、無我夢中の無我は、また違う意味を持つそう。
無我の境地、無我夢中とは、字のごとく、我を忘れるほど夢中になるということらしい。

これらの使い方は、無我ではなく、忘我なのだそう。

 

 

昔の人、、、武士は、死にに行く前に

舞い、辞世の句を詠んだと言われている。

 

 

西洋にも、死の舞踏というものがあるそうだ。

 

私はパフォーマンス中に、そのことを思い出した。

思い出すより前に、涙が出てきたのだけど、それは魂からの涙だった。

 

あ、私・・・・昔もこうやって死ぬ前に舞ったなぁ・・・・。とね。

日本なのか、西洋なのかはわからないけど、感覚からして

おそらく斬首刑。

 

因みに私は、昔からタートルネック、ネックレス、腕時計、ブレスレットを着けていると、

縛られているみたいに苦しくなるから、つけれないのです。

 

別の過去世で、隠れキリシタンをやっていて、踏み絵を踏めず

その時も斬首刑になったみたいで、そういう過去世の影響もある。と

昔 ある人に言われたけど。

 

真相は、どちらでもいい。

 

 

パフォーマンス後、一人の女性(宇宙人、、シリウスから来たんだって)

の一言で、全ての答え合わせが出来た。

 

『香織ちゃんと初日に初めて会った時に、

椎名林檎みたいに女の業を背負っている感じがした。

香織ちゃんのパフォーマンスで、私も一緒に浄化されたような気がする。

ありがとう。』

※林檎ちゃんファンの方が読まれてたらすみません。これは彼女のイメージの話なので、林檎ちゃんご本人が実際にそうなのかは、わかりません。

・・・・・・

・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

私・・・・・・

もう昔から、女が大嫌いだったんですよ。特に馬鹿な女は。

女って面倒くさいし、醜いし、小賢しいし、足引っ張るし。

 

 

女の集団の中にいると、もう息が出来なくなって、苦しくなるから

絶対に女達とはつるまず、いつも男の人達とばかり居た。

 

 

女の世界で女だけを相手に、18年仕事してるんだよなぁ~・・・・・・

なんなら途中、二足のわらじで8年位ホステスもやったわ。

 

私は女が嫌い、

でも私は、その女に生まれている・・・・

 

なんでやぁっ?!!💢💢

って、ずっと思ってたのだけど、考えてもわからないから

30歳になった辺りから、もう深く考えないようにしていたんです。

 

でも、ずっと心のコリとして、自分の中にはあったのです。

 

心のコリ=心残り

女性特有の病気にも、何度もなっているしね。

これは、自分の女性性を否定していると、なる傾向があるんだけど・・・。

 

 

下記に当てはまる方・・・・⬇

☑胸さえも邪魔

☑恋愛や婚活に必死な女達を、憐れんでしまう。

☑なんで皆、そんなに恋愛や結婚をしたがるんだろう?そんなに必要?

(別に恋愛をすることが、恐いとか億劫という気持ちは一切ない。)

☑恋愛したとしても、すぐに冷める

☑女が女と一緒に居て、何が楽しいの?

☑女の群れが、気持ち悪い。

☑普通にしているのに、色気があると言われるのが嫌で嫌で仕方なく、色気を消す努力に勤しむ。

☑綺麗、可愛いと言ってくる人に、悪意しか感じない。←笑

☑男や権力者に媚びてる女を見ると、全身全霊で軽蔑する。

☑風俗嬢を尊敬している。

☑男になりたい。

☑自分のことを綺麗とか美しいとか、本気で思えない。

☑聡明な女は好き

 

ま、これ

全部私のことだったんだけど笑。

 

そしてパフォーマンスをする数日前に、

私は自分を許すために、美容職をやってきた>>

という記事を書いているんだよなぁ・・・・

 

これ、降りてきた感じを、ただ書いた記事。

自分では、何を書いたか覚えていないのだけど、見返して驚く。

もう女とか男とか、関係ない。

女である自分も、女という生き物も、恐くない。

 

 

パフォーマンスが仕上げとなって

私は魂のカルマが、完全に解消された感覚が起きた。

 

勇気を持って、自分を表現し続けたことで

業(カルマ)が、解消された。

 

・・・・・私は一体、、、

 

娼婦、女郎、花魁、太夫と、女を売りに、体を張って色々やってきた過去世・・・・

どんなことを しでかしてきたのでしょうか。。。。笑

ここまで来るのに、結構きつかったぞ笑。

 

まぁでも。。。

に馬力を出すには、過去の自分を癒やすことから始まりますからね。

 

インナーチャイルドだけではなく、

過去世からのカルマの癒やしまでしてしまったなぁ~♫♫

 

これからどうなるのか?

楽しみです。

全ての衣装・ヘアメイクはもちろん自分。
チャイニーズメイクのヒントは
Bjorkのホモジェニックからインスピレーションをもらいました。
こうやって見ると、まだまだツメが甘い。

 

 

今年来るプレッシャーは、聖なるプレッシャー。

 

あんまりこういうこと言いたくないけど

2020年春分まで、もう時間がないからね。

 

心当たりがある方は

頑張らなくて良いので

共にベストを尽くしましょう。

 

キーワードは

表現

なんだって。

 

去年から突如 表現ARTを取り入れて

美容よりも、表現の大切さに取り組んできたけど・・・・

 

・・・・つくづく

私の勘は、先端だなぁ・・・と思います。

 

まだ日本に 表現ARTが正しく認識されていないのに

ご自分からお申し込んで

お受けになられた今までのお客様も、本当に最先端だと思います。

 

ぜひ、今まで得た手法を

実生活で活用してください(^o^)

そして身近な方にも、提供して差し上げてください。

 

こちらもそろそろ終わります。⬇