Column 

ここ最近は、過去のやり方をやろうとすると、

強制ストップが入るくらいになりました。

現に、休暇に入る少し前に手が使えなくなってしまい。

カルマが解消されたのだな。となんだか輪廻転生の不思議を感じます。

丁度長期休暇のタイミングで手が使えなくなって、

私はそのまま、山奥にこもってプロたちとアート制作をしています。

上の写真は、その一部。

眉毛 全剃りでっせ!

作品などの様子は、また後日書くとして。。。

今日の写真は、準備段階のもの。

玉三郎丈の舞、山口小夜子さんの世界観、八千代座の客席の雰囲気、
龍が如く維新!の照明、真島吾朗の狂人ぶり、

歌舞伎の東海道四谷怪談、三島由紀夫、寺山修司の世界観
美輪明宏さんの舞台演出、ビョークの世界観・・・・などなど、

私の世界観を作るものは、今まで私の琴線に触れ
のめり込むようにハマってきたものでした。

私は、作品に完全無欠のオリジナルなんて、あり得ないと思うのです。
やっぱりどんな人でも、誰かからの影響を受けているものだ。

本格的にART制作に取り組んでいる私。

 

今回は、アーティストでもあるゴッドマザーの元で

本気でARTと向き合っています。

 

表現ARTは、作品は自分自身であり、自分の排泄物。

と私は言っているのですが

ただ自分の感情の赴くまま、

自分の内側の、言葉にならない感情を表現し

描きながら悟っていくプロセス。

 

表現ARTは、まさに自己満足の世界であって、

他人が評価するものものではないのです。

 

反対に

ARTというものは、自己満足だけではいけない。

 

見る対象のことも考えなら創っていくものなのですが

ただ、視点が見る対象だけになっても苦しくなり

かと言って、自分だけの世界観になってしまっても、

観ている側が苦しくなってしまう。

 

そして生み出した作品は、自分とは別人格となり

勝手に独り歩きし始める。。

まさに子供と同じ。(私は出産したことないけどね、お子様がいる皆さんは、本当に子供と作品は同じだと仰っていた。)

 

自分の内側から

何かを生み出すというプロセスは、

自分と深く深く向き合う作業からは逃れられない。

 

私も今回は、舞踏をやったのですが、

技術的な練習よりも、ただただ自分のセンターにいる。という

意識を強化していました。

 

他の参加者の方は、やはりこの作業がしんどすぎる。と言う方が多く

苦しくて泣き出す方もいらしたみたいなのですが

私は、途中、、、一瞬弱気になって

逃げ出しそうになったのだけど、結果的に愉しかったのですよ(^o^;)

頑張らなくても、夢中になれた。

 

私は表現ARTよりも、ART制作のほうが好きだな、と新しい発見がありました。

 

そんなプロセスの中、気づいたのです。

 

日本ではアーティストや芸術家が、一般の人から

奇人変人扱いされたり

特別な人

として定義されるのは

 

それだけ一般の人が、自分自身と向かい合っていないからで

 

自分と真剣に向き合っていない人間が、

アーティストや芸術家を、奇人変人扱いする人のほうが

人間として おかしいのではないか?

と。

※もちろん、全てのアーティストや芸術家がそうではないと思います。

『アーティスト症候群』という本もあるくらいですから。

 

それに、私も昔このColumnに

山口小夜子さんは、本当に尊敬しているけど

小夜子さんの作品は、アーティー過ぎて私にはわからない。

と、書いたことがある。

 

だけど、ここ一年

ほんとうの意味で、自分としっかり向き合ってきたお陰なのか

小夜子さんの作品を観ると、

昔とは違い

色々な感情が湧くようになり、そのエネルギーを感じれる自分がいた。

 

例えばこれとかね⬇これをご存じの方は、、、もうあなたのその感性に乾杯だっ!!

これはジュリーと。一般人に向けてかな?⬇小夜子さん、本当のお姫様みたい。私は上のパフォーマンスの方が好きだけど。

昔のテレビ番組って凄いよな。。。
山口小夜子がジュリーと共演して、こんなことしているんだよっ?!

事件だよな・・・。

私は気づいた。

 

ARTを、わかろうとしていた自分が居た・・・。とね。

 

これって、資本主義の教育をされてきた

現代人の多くがこうなのではないのだろうか??

 

わからない状態が嫌だから

すぐに答えを欲しがる。

という貧相な生き方。

 

ARTなんて、わかろうとしなくていい。

ただ、感じればいいんだ。

 

ただ、情報濁流のこの時代

感じることを怠っている人がとても多い。

 

感じる。って答えがないからね。

全てに答えや方程式を求めて生きている人間には、しんどいよ。

 

例えばゴッホの【ひまわり】という絵。

絵 をちゃんと観ている人は、どれくらいいるのだろうか?

おそそらく多くの人が(日本だけではなく)、値段を観て、絵を観ていないと思うのです。

 

先進国では、ARTは生活との深い関わりがあるのに

日本はまだまだ、ARTの優先順位は低い。

 

私は消費税が上がるのは全く問題ないのですが、

上げるなら上げるで

ヨーロッパのように、美術館や日本文化に関わるものの入場を無料にして

敷居を下げて欲しいと思うのです。

 

心の豊かさ=感じる力 でもあると思う。

 

感じる力が鍛えられれば、

必然的に人生は彩り豊かになっていくものなんだけど。

 

むしろこれからの時代、

感じれない人は厳しいんじゃないのか?

感じれない人間雇うより、AIの方がいいでしょ。

不気味な面で
偉そうに指示を出す風の私。

ARTは、人が創り出したもの・・・

だとしたら

ART=人  だと思うのです。

 

 

自分の人生経験如きで

人をわかろうなんてことが、もう大きな間違いなのだ。

 

ARTと出合うことで、自分の中の感情が動き

何かが湧き出てくる・・・・

それは言葉では表現できないものなのかもしれないけど

自分の感情や、感性が動く・・・

 

これを、専門用語では

アートリテラシーというそうだ。

 

ART=人に出会って、

自分の感情や感性が動き

自分の中から何かが芽生える・・・

・・・・これだけで、もう充分だと思うのです。

 

思いやりは、想像力から。

と、瀬戸内寂聴さんは言います。

 

ラグジュアリーな想像力は、

経験することでしか鍛えられない。

 

経験とは、感じること。

 

そしてARTや芸術とは、

遠い世界の話ではなく

生活そのものであり、身近なもの。

 

アーティストや芸術家とは

決して特別な世界の人ではない。のだと私は気づいた。

女はARTだ。という言葉はよく聴く言葉だ。

私は、性別関係なく

人間はARTだと思う。

私は、ARTを生きたいと思った。

そして

日本はもちろん。世界中のアーテイスト達と、人生を共創したいと想った。